なぜ楽天証券では「ビジネス・エクスペリエンス・テクノロジー」の分断が起こらないのか
藤井保文氏(以下、敬称略):正田さんは2009年に楽天に入社され、UI/UX組織の金融担当マネージャーとして、事業の立ち上げや金融事業横断でのUI/UX改善業務に携わって来られました。現在は、楽天証券のカスタマーエンゲージメント本部で本部長を務めていらっしゃるのですよね。
正田康暁氏(以下、敬称略):現在もUI/UX領域に加え、弊社が展開する投資情報のオウンドメディアの運営、顧客戦略のための調査分析なども行っており、お客様の状況などについて解像度を上げ、それをビジネスに反映させていく役割を担っています。
また、最近になってデータマネジメントやAI活用推進も担当領域に加わり、2023年8月には「楽天証券AI・データ&ヒューマンラボ」を立ち上げました。この組織は、楽天証券のマーケティングに関わる様々なファンクションを担っており、各ビジネスユニットの支援を行ったり、自らプロジェクトを立ち上げて主導したりすることもあります。
川渕洋明氏(以下、敬称略):顧客との様々なタッチポイントで情報を取得して分析し、各部門へと展開しているのですね。「カスタマーエンゲージメント」という部署は、いつ頃から存在しているのですか。
正田:2022年からです。それまでは「カスタマーエクスペリエンス」という部署名でした。本質的な役割は現在と変わりませんが、よりお客様とのエンゲージメントを高めるためにデータとAIを武器として加えた上で、名称を変えようということになりました。
というのも、証券会社のサービスはどうしてもコモディティ化しやすく、当社の場合、差別化の手段として手数料やポイント付与などのインセンティブを設けています。楽天グループは「お金のように使えるポイントがどんどん溜まる」という体験価値が重視され、それが今ではブランドプロミスとなっている現況があります。楽天証券もまた、それによって多くの顧客を獲得してきました。
しかし、“ポイント以外の価値”も強化しなければ、いつか生き残ることが難しくなる。そこで改めて顧客視点に立ち戻り、さらなる顧客体験の向上に加え、「楽天証券を使っていてよかった」と思っていただけるような新たな価値を創出したいと考えたのです。
川渕:なるほど、現在のビジネスロジックだけでは、端的に言えば「ポイント付与合戦」に陥る可能性があると。そこで“本質的な価値”を創出するためには、データやAIも駆使して顧客理解を深めることが重要だという結論に至ったということですね。
正田:おっしゃる通りです。
川渕:ただ、顧客体験を事業やプロダクトに落とし込むことは思いのほか難しいものです。多くの日本企業では、DX推進やデジタル事業開発において「ビジネス・エクスペリエンス・テクノロジー」の分断に悩まされています。
正田:それが、楽天証券の場合は分断されていないんです。母体である楽天の生い立ちがデジタルの世界出身だからかもしれませんが、そもそも分断してしまうという体験をしたことがないんですよね。
藤井:楽天証券は、体験を重視しているという観点でずば抜けて進んでいると以前から感じています。多くの企業ではボトムアップ、ミドルアップでエクスペリエンス起点のアプローチを推進し、その大切さを経営層に理解してもらうという順番になるのですが、楽天証券の場合、むしろ経営層が「UXやエンゲージメントが大切なのは大前提」で、それを現場に浸透させていくという感じですよね。
ビジネスの成果である売上や継続率などと顧客満足度には密接な関係があって、それをかなえるためにUX、すなわちエクスペリエンスが重要であると、経営層が当たり前に認識しているのでしょう。