「働き方改革」を推進する労働経済学──経営側と雇用側、歴史と海外と照らし合わせて実像を掴む
宇田川元一 准教授(以下、敬称略):それではまず、人文社会科学研究科で雇用関係について研究・講義を行っている禹宗杬(ウー ジョンウォン)教授からお話を伺いましょう。禹先生は「雇用関係論」という「働き方改革」などの社会課題に通じる研究をテーマとされています。雇用や働き方というと多くの人にも身近なテーマですが、具体的にはどのようなものなのでしょうか。
禹宗杬 教授(以下、敬称略):私が専門とする「雇用関係論」は、「人的資源管理論」と「労使関係論」とが合わさったものです。経営側の課題である、重要なリソースである人材をどのように効果的に納得性をもって管理するか。そして雇用側は、日々の事柄を巡って経営側と個人で「協議」し、労働時間や賃金を巡って集団で「交渉」するわけですが、そうした「発言(ボイス)」はどうしたら効果的になるのか。その両者を鑑みながら、歴史的および国際比較的な観点から、現代日本における労使関係と雇用慣行の特徴や問題点を浮き上がらせたいと考えています。従来の比較対象は欧米が中心でしたが、現在は日韓の比較研究に取り組み、将来的には中国を含め、アジア諸国の国際比較を行いたいと考えています。
例えば「年功賃金」は日本独自のものと言われています。しかし、アジアでは似た考え方も多く、経営側の合理性に基づいて導入された印象がありますが、雇用側の要望として発言されてきた結果でもあるのです。
宇田川:なるほど、現在の日本の労使や雇用の特徴を、他国との比較や時間の流れで捉えようとされているわけですね。すると、先生の研究方法はデータに基づく統計的な「実証分析」というより、どちらかといえば調査研究や歴史を紐解く「ケーススタディ研究」に重きをおかれているのですか。
禹:そうですね。理論を検討したり仮説を組み立てたりする時は、既存のデータや統計を利用することもあります。しかし私自身の研究は、過去ならインタビューや文献、今なら現地調査で集めたデータや証言など「素材」があってはじめて解釈や分析を語れるものと考えています。
かつての日本、具体的には70年代までは経営手法も遅れているとされ、「欧米を真似よ」が一般的で、研究も追従していました。それが80年代の日本型経営の成功を受けて日本型労使関係が脚光を浴び、その強さを解き明かすべく、現場を対象としたミクロな調査・分析の積み重ねによる「ケーススタディ研究」がなされるようになったわけです。それによって単純な上からの管理ではない「カンバン」のような自主的管理の存在が解明され、欧米もそこに学ぼうとしました。
ところがバブルが弾けて日本型経営に対する関心は失速したことで日本企業へのケーススタディが減り、また、世界的にもミクロ型の研究も行われなくなった結果、日本でのミクロ型研究は世界でも特異かつハイレベルな存在となっています。ただし、相対的にマクロ型の研究が弱くなり、例えば、政府が旗を振って賃金を上げようとしてもうまくいかないといった事態も生じています。つまり、ミクロ型研究は一般的な命題を導きにくいのです。
宇田川:ミクロ型に傾いても問題があるのですね。ケーススタディと言っても2つあり、いわゆるビジネスケースを既存のツールで分析するものと、実際に現場で起きている事例(ケース)を丹念に調査しながら掘り下げていくケーススタディがありますが、後者への関心が低下しているのが気になっています。