「デザイン」と「デザイン経営」を定義する
──最初に「デザイン経営」とはどのようなものか教えてください。
永井一史氏(以下、敬称略):社会の変化に柔軟に対応しながら、新たな価値を生み出していくための重要な方法論です。それには、経済性だけでなく、社会性や文化性といった視点を持ちながら、自分たちの役割を再定義し、新たな顧客価値を創造していく。そして、それを構造的に生み出すようにすること。それが私の考えるデザイン経営です。デザイン経営を実践するには「経営戦略レベルでデザインを取り入れること」が必要です。
「デンマーク・デザイン・センター」は、企業のデザイン導入の段階を「デザインラダー」として、
- デザインの活用なし(Non-Design)
- 見た目のデザイン(Design as Style)
- プロセスのデザイン(Design as Process)
- 戦略としてのデザイン(Design as Strategy)
という4段階に整理していますが、デザイン経営はこの4段階目にあたります。
日本では、長らく「デザイン=見た目(Style)」と限定的に理解されてきました。その後、「デザイン思考」が広まることで、デザインは課題解決のプロセスであると理解する人が増えてきたのです。
デザイン経営は、そこからもう1段階進んだ、経営戦略レベルでデザインを取り入れるという考え方です。
──デザイン思考、デザイン経営に関する議論が噛み合わないのは、“デザイン”という言葉への理解が人によって異なるからだと考えています。永井さんは“デザイン”をどう理解されているのでしょうか。
永井:デザインの語源は、14世紀のラテン語「Designare(デジナーレ)」です。この言葉には、「形を作る」だけでなく、「計画・考案する」という意味が含まれていました。
近代デザインの原点は、19世紀、産業革命後の英国で、粗悪な大量生産品に溢れる状況に対して、生活を芸術化し、人々のよりよい暮らしを実現することを目指して、職人による工芸品の復権を唱えた「アーツ・アンド・クラフツ運動」です。この運動を提唱した思想家ウィリアム・モリスは、単に思想を唱えるだけでなく、会社を立ち上げて家具などを製作・販売しました。実際に世の中を変えるため、考えを社会実装したのです。
その後、設計のみを行う“デザイナー”という職業が確立したのが、1919年にドイツで誕生した美術学校「バウハウス」です。この学校では、それまで工房で師匠から弟子に修行を通して受け継がれていたデザインのスキルを、学校で教えられるように体系化しました。設計と生産が分離されたことでデザイナーという仕事が確立し、また、デザインが取り扱う対象は、社会や生活全般にまで拡張されていったのです。
今では、カタチのデザインといっても、目に見えて手に触れるものとは限らず、社会システムやデジタル空間も含まれています。
こういった歴史的な背景から、デザインとは、「より良くする」ことを目的として、「人から考える」、「美と調和を大切にする」といった思想で、「考えとカタチの往復運動」していくこととまとめられます。デザイン経営とは、企業を「より良くする」ために、デザインの思想や方法論を経営に取り入れていくということです。