日本型雇用が生み出した楽観主義と“人的資源”という考え方
川内 正直氏(以下敬称略):「人的資本経営」の考え方は、2020年9月に経済産業省が発行した「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書 ~人材版伊藤レポート~(以下、人材版伊藤レポート)」において大々的に取り上げられ、以降、日本企業の間で徐々に広まってきています。まずは、持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会の座長であり、人的資本経営の第一人者である伊藤邦雄先生から、改めてこの概念についてお話をいただきましょう。
伊藤 邦雄氏(以下敬称略):「人的資本」という概念は、年功序列や終身雇用をはじめとする日本型の雇用、すなわち「メンバーシップ型雇用」が一定の限界を迎えつつあるという考えのもと、提唱されるようになりました。これまでの日本では、皆さんもご存じの通りメンバーシップ型雇用が長らく効果的に続いてきたわけですが、それによって今、多くの企業が新たな問題に直面しているのではないでしょうか。私は今日、3つの大きな問題意識を提唱します。
1つ目は、「メンバーシップ型雇用は『慣性に基づく楽観主義』というメカニズムを生んだ」という問題です。経営者が社員のエンゲージメントに対して楽観的であったり、社員の離職に対する危機感が薄かったり、それから「社員は皆ついてきてくれるもの」という、「囲い込み」的楽観がすっかり染みついてしまいました。
2つ目は、「社員を『人的資源』として見ているのではないか」という問題です。「社員はヒトです」というと、皆さん当たり前だと思うかもしれませんが、無意識のうちに社員を「資源」、すなわち管理すべきモノとして見てきた企業はかなり多いです。
そして、これら2つの問題を踏まえて、「社員の自律性・自立性を削いだのではないか」という3つ目の問題意識を提唱しています。楽観主義や社員を管理するという考え方が、自律性・自立性のある、すなわち他社でも通じる人材の育成を阻害してきたのです。米ギャラップ社の調査によれば、日本企業の従業員エンゲージメントは世界139ヵ国中、132位だそうです。これは偶然の結果でしょうか? このような問題意識を背景として、人材版伊藤レポートは作成されました。
では、なぜ人材版伊藤レポートなのか? 今回、レポートの中では直接書かれなかった“3つの新たな目線”を紹介しようと思います。