テクノロジーの進化がもたらす金融業界の構造変革に備え、近隣領域の学びと多彩な視点から「本質」を捉える
宇田川:次に金融を中心とする「日本経済論」を専門分野とされている人文社会科学研究科長の伊藤修教授にお話を伺います。まずはどのような研究領域をご担当されているのでしょうか。
伊藤修 教授(以下、敬称略):大きく分けると「金融行政」と「金融システム」ですね。金融を取り巻く様々な事象も含めて金融という仕組みや業界、考え方などを捉えることを意図して「日本経済論」としています。かなり近隣領域の内容が含まれるため、純粋な金融論というわけではありませんが、だからこそ社会人が学ぶべきものとして有用であると自負しています。
大学院には金融業界に直接関与する人たちが多く在籍しており、金融庁や日銀など金融行政に関わる方、銀行や証券など金融業界の企業に務める方、そしてアジアからの留学生の3属性に分かれています。それぞれがグループ研究を中心に実践しており、とりわけ月に1回土曜日の午後全部を潰して行う「ゼミ」ではそれぞれの研究発表を行い、濃密な議論が交わされます。これには研究者としての私も大変刺激になっています。
宇田川:錚々たる顔ぶれですね。官・民と日本以外という3つの視点が揃うと、それぞれ新しい気づきや視点が得られるように感じます。
伊藤:そうですね。自分の業界、組織だけだろうと思っていた特殊性が違っていたり、逆に常識と思っていたものが独自性の高いものだったり、自分のテリトリーにいただけでは得られなかったと思いますよ。
また、人口減少に伴う「金融業界の再編」も大きなテーマの1つです。ともすれば1拠点(支店)で対象顧客が数百人規模にもなりかねないという少子高齢化の時代を見据え、金融機関拠点ごとに人口や商圏などをデータベースでマップ化して、再編の必要性などを提示する研究などをしています。
宇田川:なるほど。業界側のリアルな実感は、行政側には有用な情報になるでしょう。逆もまた然りでしょうし。そして、それぞれの知見を持ちながらも仕事を離れて議論できる場があるのも素晴らしいことだと思います。
伊藤:ええ、まさに多面的な視点を得ながらも、どのグループにも属さないフラットな立場での提言につながる研究ができるんですよね。
ちなみに在校生は50代前後と30代の2グループが中心です。前者はいわゆる「ベテラン」で、今までの企業人としての実践を体系化して役立てたいという方が多く、大学院の前期課程(修士)、後期課程(博士課程)と進み、研究書を出版したり、教員になって戻ってきたりする方もいます。一方30代の方は特定領域のプロフェッショナルながら、近隣領域を学びたいという課題感を持っている方が多いです。
金融の世界では理論は必須で、20代では自分の業務範囲の理論は働きながら学んでいます。そして30代になって改めて周辺・近隣領域の知見が不足していることに気づき、大学院の戸を叩く人が多いですね。そうしたニーズに応えるため、私の授業では企業の実務では学べない内容をグループ研究で学ぶように設計しています。
宇田川:「近隣領域」とは具体的にはどのような部分なのですか。
伊藤:例えば、歴史的な研究もその一つですね。あるグループ研究では、金融に関する制度・仕組みを過去に遡ってデータベース化して完成させています。また政治学や行政学から金融制度を俯瞰することもありますし、欧米の他、アジアなど海外との比較から考察することもあります。こうしたことはもちろん業務ではやりませんし、大学などアカデミックな研究機関でもあまり行わないでしょう。
宇田川:そうした近隣領域を学ぶことは、自身の仕事のあり方を見直すことにもなりますね。また、日本の金融のあり方などを俯瞰して見ることもできます。ただ、抽象的な知識を抽象的にまとめることを「アカデミック」と思う社会人は少なくありません。
伊藤:30代の方々は実務の真っ只中にいるので、そうした傾向はないようです。ただ50代の方々は今までの職業人生の集大成としようとするためか、初めの頃は「抽象的で大上段な」研究テーマを掲げる方も少なくありません。しかし実際にグループ研究などを通じて、最終的には地に足付いた研究テーマに戻っていきます。
社会人としての実践知は、研究畑の人間にはありません。その実践知は強みなんですよと声を大にして言いたいですね。そのベースの上に、行政や金融業界、留学生などの知見をミックスして、自身の経験に基づく研究をされるのが良いでしょう。
特に近年、テクノロジーによる業界の破壊や再編などが話題になっているためか、新しい学説的なものが注目されがちです。しかし、『何が新しいのか』という本質は、過去の研究に照らし合わせることで見えてきます。そうした本質を学ぶことが、時代に左右されない学びになると思います。