混沌の世界に押し出された今、WHYを問わざるを得なくなっている
──梅本先生は「両利きの経営」を「物語」で説明されていますね。具体的にお聞きできますか。
梅本 龍夫氏(慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任教授/立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科客員教授/iGRAM代表取締役 物語ナビゲーター、以下敬称略):私が立教大学で2015年から理論化と実践を積み重ねてきた「物語マトリクス理論」について概略を説明しましょう。
次の図が、物語マトリクス理論の基本構造を表したものです。上下の軸が「日常/非日常」、左右の軸が「欠落/充足」という状態を表していて、真ん中には「源」があります。左下の「日常・欠落」の象限が起承転結の「起」に当たるところで、ここから物語が始まります。
物語のスタートは「欠落した日常」(図の左下:Episode 1)なんです。真ん中にある「源」、つまり一番大事な企業としての「存在目的」を感じられない場所にいたのが、失われた30年の日本企業だと見ることもできます。ここは根本から考え直すことをしない「自明の世界」です。
ところがコロナ禍の今、全世界で日常が崩壊し混沌の状況に放り出されました(図の左側:Episode 1→2→3)。非日常で欠落しているという、もっとひどい状況になったわけです。
こういう状況になるとWHY(存在目的)を問わないとやっていけなくなります。日常では「問いがない」という状態でしたが、急に非日常に押し出されたことで「私、なんで生きていたんだっけ?」という問いが生まれ、「源」にアクセスすることになるんです(図の左上:Episode3→4)。
そこでWHYに気づく「顕在化」が起きて、図の左上から右上の「創発の世界」に入ります(図の左上:Episode4→5)。ここでは、言語化できなかったものが言語化できたり、形になったりして、新しいものがどんどん生まれます。第二創業やイノベーションがここ(図の右上)で起こるわけです。
ここで物語はプラスに転じるのですが、あくまで非日常なんです。この世界でずっとやっていけるわけではないので、ここで生まれたものをちゃんと「構造化」する必要があります(図の右上:Episode5→6)。「構造化」ができると、今度は「秩序の世界」というプラスの日常に転じることができます(図の右下:Episode6→7)。新しい事業をきちんと構造化し、オペレーショナル・エクセレンスにもっていく段階です(図の右下)。
ところが、ここで最初の記事でも説明した「サクセス・トラップ(成功の罠)」が起きるんですね。オペレーションをパターン化して規模の拡大をするうちに、せっかく「顕在化」していた「源」が「潜在化」して見えなくなってしまうんです。そしてまた欠落した日常に戻ってしまう(図の下側:Episode 7→0→1)。これが、日本企業が80年代に欧米を抜き成功し、さらバブル崩壊後、「源」が見えなくなり、どうしていいのかわからなくなった状況です。