テクノロジーとビジネスの橋渡しができる人材が求められている
企業のメインフレーム技術者としてキャリアをスタートし、次第にITコンサルティングを手掛けるようになりました。そしてその後、経営・戦略コンサルティングへとシフトしていったのですが、この際に指導された内容が、エンジニア時代に受けた教育内容とあまりにも正反対だったため、非常に混乱したという私自身の経験が、本書の出発点となっています。(ベイカレント・コンサルティング 高橋友紀氏)
こう語る高橋友紀氏は、エンジニアから大手外資系コンサルティング会社を経て現職に至り、現在はコンサルタントとして活躍しながら、社内で後進の指導にもあたっている。本書のコンセプトを設計し、全体を統括・監修したのも高橋氏だ。
例えばエンジニアは、『不確かな内容は断定するな』『物事を推測で話すな』というように正確性を重視し、方法論もしっかり固めた上で、バグが出ないようにプロジェクトを進めていくものです。言わば100点満点を狙っていく感じでしょうか。これに対して戦略コンサルティングでは、多少角度がずれてもかまわないので、まずは右か左か、という大きな方向性を定める姿勢、ざっくりとでも構成を固めるスタンスが求められるのです。(高橋氏)
こうした姿勢の違いや、なぜそうなるのか、といったことを体系立てて教えてくれる先達がいなかったため、高橋氏は苦労しながら、自分なりの取り組みを通じて理解を深めていかざるをえなかったそうだ。しかし、誰もが同じように試練を乗り越えられるとは限らない。せっかく成長の志を持っていても、苦労のあまり挫折してしまう人も少なからず出てくることだろう。手取り足取り教える、とまではいかないにせよ、最初に道筋が示されていれば、誰もがよりスムーズに経営的・戦略的な視点を身につけやすくなるはずだ、という思いから、高橋氏たちは本書の構想を固めていったという。
現代のビジネスにおいて、ITは切っても切れない重要な要素となっていますが、今の日本において経営者やマネジメントといった立場に就いている方の中で、ITに関する深い技術的知見を備えている方は、それほど多くはありません。また逆に、IT分野で活躍するエンジニアが、経営的な視点でビジネスを考えるトレーニングを受ける機会が少ないのも事実です。本来なら一丸となるべき両者が、まったく異なる経験と目標のもとに歩んでいるため、なかなか噛み合わない。現在の日本から、テクノロジーを生かした新しいビジネスや事業がなかなか生まれてこない一因は、ここにあると考えています。
だが、AppleやGoogle、Microsoftといった、世界のリーディング・カンパニーの創業者はエンジニア出身だ。国内でいえば、ソニーやホンダも同様である。かつての日本企業の世界的成長は、優秀なエンジニアの活躍によるところが大きかったのだ。「ITの重要性がますます高まる今こそ、ビジネスリーダーとして振る舞えるエンジニア、そしてエンジニアの気持ちを理解できるビジネスリーダーが求められているのです」と高橋氏は力説する。
この点に加えて「今、国内でエンジニアの方とお付き合いしていると、『非常にもったいないな』と感じる機会が多々あります」と語るのは、共同著者の一人、磯谷淳氏だ。
エンジニアから戦略コンサルタントへ転身
磯谷氏も、エンジニアからそのキャリアをスタートさせた一人だ。当初はベイカレント所属のエンジニアとして、クライアントの基幹系システム構築・移行を支援。そこから社内研修を経て、戦略・業務コンサルティングへと業務の幅を広げてきた。
私もエンジニア時代とコンサルタント時代では、仕事に対する意識が大きく変わりました。前者では決まった物事をミスなく滞りなく完璧に仕上げていくのが重要でしたが、後者の場合は、まずは仮説でもいいので、最初にクライアントへのメッセージありき、結論ありきの方針をとらなければならない。最初はまるで雲をつかむような感じで、本当にカルチャーショックでした。(磯谷氏)
磯谷氏は本書のうち、『法則01 Googleに答えを求めるな』『法則05 不正確への恐怖に打ち克て』『法則06 変更アレルギーを治療せよ』といった項目を高橋氏と共同で担当されているが、これらにも実体験に基づいた内容が多く含まれているという。
私も自身の来た道を振り返ってみて理解したことではありますが、エンジニアの中にはたいへん優れた技術やノウハウを備えた方がたくさんいます。しかし、ある目標が技術的に可能かどうか、といったレベルに終始してしまっている限り、どんなに優れたエンジニアであっても、彼らはあくまでもそれ以上の存在にはなれません。発想の方向性を転換し、クライアントと同じ方向を向きながらメッセージを築いていけるようになれば、皆より高い評価を得られるようになるはずなのに、そこに気づいていない。ですから『もったいない』と感じるのです。(磯谷氏)
また磯谷氏は、ITコンサルティングという業務に必要な要素として、(1)プロジェクトマネジメント能力、(2)プロジェクトの課題を技術レベルまで含めて理解し、協議やオプション出しを通じて解決まで導く力、(3)経営陣や役員への報告業務、という3点を挙げるが、この3つをともに満たしている人材も、まだまだ少ないと考えている。
エンジニア上がりの人は技術論に終始しがちだし、コンサル畑出身者はコードの書き方などの知識が不足しているにもかかわらず、表層的な理解のみで行程や人数などを計上したりすることがある。そして(3)の要素、つまり、プロジェクトの現状や経営的インパクト、今後の展望といった側面を経営的な視点から語れるエンジニアは、本当に少ないのが現状です。しかし、特にIT絡みであれば、どんなサービスでも一番のベースは技術力になるのですから、優れたエンジニアがプロジェクトの管理能力や経営的目線を身につけたなら、活躍の場がどれほど広がることか、みなさんにもぜひ想像してほしいと思います。(磯谷氏)
キャリアの目標をビジネスリーダーに設定すること
高橋氏や磯谷氏たちが自身の経験を通じて学んできた、エンジニアがギャップを乗り越えるための工夫を改めて検証し、その叡智を書籍という形にまとめたのが本書である。
もちろん、エンジニア的な思考法からビジネスリーダー的思考法への転換は、一朝一夕に身につくものではありません。ロジックを一つひとつ詰めていくプログラミングとは異なり、リーダーとして仮説を立てる際は、まず解くべき問い自体、はっきりとは見えないケースがほとんど。そこから仮説をもとに出発点を定め、試行錯誤を繰り返しながら明確なビジョンまでたどり着けるようになるためには、OJT形式でのトレーニングや実践の場での繰り返しの訓練が求められます。それを現場で直接支援できる指導者がいれば一番なのですが、そうした人材を世の中に輩出していくための最初のきっかけとしても、本書を役立ててほしいと思います。(磯谷氏)
IT時代のリーダー育成という点から考えれば、エンジニアが成長する以外に、ビジネス的視点を備えた人間がテクノロジーを学ぶ、というアプローチも考えられる。だが、ある程度歳を重ねてから新たにIT技術を学ぶのは難しいという面があるのは確かだ。だったら、若いうちに技術を学んだ人間がビジネス的な思考法も身につけることをぜひ応援したい、と高橋氏は語る。
一口にビジネスリーダーといっても、経営者や社長などといった肩書きばかりを意味するものではありません。どんな仕事に携わる際も、年齢や立場にかかわらず、テクノロジーを理解したうえでビジネスを牽引していけるのが、本当の意味での次世代型ビジネスリーダーではないでしょうか。日本の理系、技術系の方にはまだまだ優秀な人が多いし、彼らが問題解決能力、経営マネジメント能力を身につけることで、日本を元気づけ、引っ張っていけるような存在に育っていってほしいというというのが、私たちの願いです。(高橋氏)
エンジニアがビジネスリーダーをめざすための10の法則
著者:ベイカレント・コンサルティング
発売日:2016年7月20日(水)
価格:1,728円(税込)
本書は、国内有数のコンサルティング会社であるベイカレントのコンサルタントの著者たちが思考転換や行動、ビジネスのスタイルの転換について解説した本です。