「AIもIoTも呉越同舟では勝てない」インターネット界の草分け 藤原洋さん語る

 藤原洋さんといえば、IT業界の草分け的存在。IBM、日立、アスキーを経て、起業家としてIRI(インターネット総合研究所)を1999年にマザースに上場。その後IRIは買収子会社の不正経理の煽りで一時はオリックス傘下になるが、2011年に全株買い戻し見事復活し、その後快進撃を続けている。3社の上場経験を持つ経営者でありながらも、物腰柔らかく語り口は学者風。今では次世代の通信インフラである5Gネットワークで世界を牽引しようとしている。そんな藤原さんに、テクノロジーのこれからを縦横無尽に語っていただいた。

[公開日]

[取材・構成] 京部康男 (Biz/Zine編集部)

[タグ] IoT AI 5G

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

IBM、日立、アスキー、そして起業家として上場

──藤原さんの経歴は一言では語り尽くせないでしょうが、簡単にお願いします。

藤原:
 元々IBMにちょっと入ったんですね。メインフレームの仕事に就きかけたんですが、なんとなく肌が合わなくて三ヵ月半でやめまして、日立エンジニアリングという日立の大甕工場のエンジニアリング部隊に移ったんですよ。そこで当時のスーパーミニコンのCPUの開発部隊に放り込まれた。ミニコンの巨人のDEC社を追撃するのがミッション。当時隣でOSやってたのは今の日立の会長の中西宏明さんです。

 その後LANの製品分野の研究開発をしていて、アスキーの西さんからマイクロソフトでもLANをやりたいから来てくれって言われて、面白そうだなと思って移った。西さんと盟友のビル・ゲイツの蜜月の時代です。しばらく日本でのマイクロソフトの立ち上げの仕事をした後、動画圧縮技術、TV画像のデジタル化に注力していました。それが終わってから起業家になったのが45歳。

──アスキーの頃は、インターネットはまだですね?

藤原:
 まだです。インターネットの商用化は90年。日本は実質94年。でも私は、学術研究機関で、NSFNET(全米科学財団ネットワーク)などを使っていたのでインターネットの凄さはわかった。
 そして、インターネット総研でマザーズ上場したのが1999年ですね。この時は、時価総額が1兆円を超えました。この会社(ブロードバンドタワー)と、もうひとつのIRIユビテックはその子会社として2005年に上場しました。その後波乱万丈ありましたが、上場経験も3回あり、またやろうと思っているところです。

ちょっとズレている日本のAI政策

──PCとインターネットの勃興期を見られていて、今の日本の技術戦略をどのようにご覧でしょうか?

藤原:
 AIの話からすると、ご存知にように今は第三次ブームですよね。50年代にLISPを開発したジョン・マッカーシーが人工知能(AI)を提起した。その後。エドワード・ファイゲンバウムのエキスパートシステムが出来て、第二次ブームがきました。ジェフリー・ヒントンがトロント大学でディープラーニングを2006年に見つけて、第三次ブームになって今に至る。

 日本はというと、AIの夏と冬が繰り返される中で、ちょっと季節はずれなことをやっていると思います。第二次ブームの後、アメリカとヨーロッパがすでに冷めた時に、第五世代コンピュータと言っていた。欧米の季節感からいうとちょっとずれている。その後のAIの冬の時代にも、冬ごもりせずに国のプロジェクトを色々とやっていました。今は世界的に夏になっているのに、日本ではそんなに熱くなっていない。ようやく春ぐらいです。またちょっとずれているような気がしますね(笑)。

 予算で言うと、IBMやGoogleがそれぞれ1000億ぐらいかけていて。バイドゥも500億という時代に日本は全部で100億ぐらいでしょう。(編集部:2017年の政府予算だけでは75億) しかもその予算って、ほとんど呉越同舟の日本の大企業の出向社員に費やされる。
大企業の人を集めて合弁会社作っても、僕の経験から言うと、まず第一線級の人は出てきていない。ワールドベースボールクラシック(WBC)みたいなものです。メジャーのチームは一流の選手を出さない。

 まず仕組みが悪いです。大企業に声かけて、出向社員を集めるなんて仕組みはアメリカにはありません。企業の側にしたら、一線級の人は自分の会社の利益が出るところに置いときますよ。新人出して勉強して来いくらいの感覚です。だからこの100億円はほとんど意味がない。こういう呉越同舟型の、計画経済型の研究開発ではうまくいかない。こんなこと言ったら怒られちゃいますけど(笑)。

バックナンバー