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なぜサービスの時代にデザイン思考が有効なのか?今津美樹が語る実践のための第一歩

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 今や常識ともなりつつあるデザイン思考を正しく理解し活用できているかと訊かれると、はっきり答えられない人もいるのではないだろうか。そうした人に向けて、デザイン思考をアクションに落とし込む手法を解説したのが『デザインシンキング・プレイブック』(翔泳社)だ。去る10月25日、本書の内容を噛み砕いて紹介する刊行セミナーが青山ブックセンター本店で開催された。登壇したのは翻訳を手がけた今津美樹氏。セミナーでは、多くの講演や研修を行う今津氏が今すぐデザイン思考を活用するためのポイントについて語ってくれた。

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サービスの時代に適したデザイン思考

 今なぜデザイン思考がこれほど注目されているのか。『デザインシンキング・プレイブック』の翻訳を手がけた今津美樹氏は、2018年頃から本質的な部分で受け入れられ方に変化が起きてきたと最初に説明した。

 元々デザイン思考はデザイナーがプロダクト開発に用いていた思考法だったが、これがビジネスやサービスを設計する際に利用され始めた。特に昨今は仮説検証に転用され始めたことが広く受容されるきっかけになったのだそうだ。

 たとえば、中期経営計画を作成するのに半年もの時間をかける企業はまだ多く存在する。しかし、そんなに時間をかけていたら市場自体が変わってしまうと今津氏は指摘。さらに、定量的な数値目標は確固たる根拠がある場合が少なく、論理的に構築した数値ではないので実行力も伴わない。こういう事態に対して、デザイン思考が解決策の1つになるという。

 今や中期経営計画に時間をかけることで「時代遅れになる」という脆弱性が生じてしまう。だから、小さい目標を作って仮説を立て、シミュレーションや実践で検証しつつ市場の変化に対応しながら中長期の計画を立てていく必要がある。今津氏はこれがデザイン思考の実践なのだと話す。

 では、それにはどんなマインドセットが必要なのか。本書では「共創、成長、拡張」「さまざまな思考法を組み合わせる」「プロセスへの意識を高める」「行動を振り返る」「ネットワーク型連携」という5つが提示されている。仮説検証する際にも、これらのマインドセットが重要となる。

マインドセット
『デザインシンキング・プレイブック』より

 また、世の中の市場が製造からサービスへ移ってきているという前提も理解しておかなければならない。それはモノを売るのではなく、モノを使った体験にこそ顧客の満足度を高める本質があり、そこにお金を払ってもらうということだ。そんな市場で価値を創出するには、製造中心だった時代とは異なる考え方が必要になる。

 製造の価値は先進性やクオリティ、スペックなどプロダクト基準だったが、サービスの価値は優越感や自分らしさ、心遣い、スペシャル感など顧客自身の基準が重視される。こうした顧客インサイトを捉えて顧客ニーズを満たすことで、初めて「もう1度買おうかな」と思ってもらえるようになる。

 これらの価値は定量的に計測するのが難しい面もある。しかし、だからこそ仮説検証を行うのだ。仮説検証においては、昔の成功体験を捨てなければならないこともあると今津氏は強調する。1度成功した方法を死守するのは簡単だが、時代が変化してモノが売れなくなってもこだわってしまいがちだ。そのうえ、定量的な計測をしていなかったら「うまくいっている気がする」という状態でずるずる続けてしまう。

 サービスの時代においてどんな指標をもって定量的な計測をし、仮説検証するか。これがデザイン思考を実践するための根幹となる手法だ。

市場はどこまで連動するのか

 では、もう少し俯瞰的に見て、市場構造の変化にはどのように対応すればいいのか。競合がたくさんいるレッドオーシャンはやめて、競合が少ないブルーオーシャンを狙うべきだと言われる。また、市場を席巻するプラットフォーマーのエコシステムに入らないとビジネスができないブラックオーシャンもある。

 多くの企業がブルーオーシャンを望ましく考えるかもしれないが、そもそもの需要をみずから作らなければならず、あるいは人々の価値観を変化させなければならないこともあり、一筋縄ではいかない。せっかく投資して開拓した市場をあとからやってきた巨大資本に根こそぎ奪われてしまうことさえある。

 そこで今津氏が提唱するのがパープルオーシャンへの進出だ。パープルオーシャンとは、少し競合がいるが、まだ参入の余地がある市場を指す。競合がいるのは需要があることの証左なので、市場調査もしやすい。

 このように俯瞰したあと、自社が持つ強み(価値)をどのようにビジネスへと落とし込んでいくかは具体的な市場を見ていく必要がある。今津氏は「自社が自動運転制御の技術を持っている」と仮定し、市場をどう見るかの考え方を例示した。

 真っ先に思い浮かぶ自社の顧客は大手自動車メーカーだ。しかし、そうした大企業と取引できる可能性は極めて低い。そこで、大手自動車メーカーを顧客に持つ企業を想像してみよう。たとえば、自動車技術を持ち大手自動車メーカーと取引のあるX社を自社の顧客として想定する。X社の顧客は自社のエンドユーザーに相当するので、大手自動車メーカーは自社のエンドユーザーである。そして、X社のエンドユーザー(大手自動車メーカーの顧客)は自動車購入者だ。さらに、大手自動車メーカーのエンドユーザーは運転手となる。

 このように考えると、自社のエンドユーザーは運転手だと言える。つまり、運転手にとっての社会的課題を検討することが有用だ。すぐに高齢者による事故の増加を思いつくが、ここには間違いなく自動運転技術が役立つだろう。あるいは、環境保護の観点からガソリン車より電気自動車や水素自動車のニーズもうかがえる。

 製造中心の時代は受託型ビジネスを考える企業が多かったが、今は市場側に視点を合わせなければならない。市場がどこまで連動するのか、顧客の顧客の顧客まで読まないとビジネスに脆弱性が入り込んでしまうのだ。

問題は自分たちのチームの利益だけ考えること

 さて、セミナーでは市場の読み方を押さえたところで、具体的にデザイン思考を実践する方法について論点が移った。伝統的なモノ作り企業において、デザイン思考は社内の情報格差を乗り越える第一歩となり、デジタル中心のビジネスのスタート地点となる。

 デザイン思考を活用しようとする企業の特徴として、組織改革も念頭にあることが多いと今津氏は言う。そして、なかなかうまくいかないとも。組織改革の阻害要因を挙げればキリがないが、なにより自分たちのチームの利益だけを考えてしまうことが最大の問題だ。その原因は、往々にして評価制度にある。

 たとえば、生産部門が効率性を上げたとしても、マーケティング部門の評価が上がるわけではない。もしマーケティング部門が生産部門の効率性の向上に寄与した場合でもだ。だから、マーケティング部門は生産部門に協力しようとしなくなる。逆もしかり、ほかの部署間でもしかり。小さなチーム単位でもこうなりがちだ。

 評価制度が内々にこもっているせいで、部署も内々にこもってしまう。ノウハウやデータも内側に滞留する。この格差を乗り越えるには、部署間でメソッドなどを共有し、共通言語を作る他ない。また、今津氏は可視化することも重要だと話す。その共通言語として最適なのが、社内で誰もが意識しなければならないターゲットの可視化、すなわちペルソナだ。

ビジネスエコシステムの登場人物を明らかにする

 本書でも、最初にペルソナの作り方と実践例が紹介される。1つの事業において各部署のターゲットは共通しているので、ペルソナを通して共通目的を持つことが可能になる。

 ペルソナを作ることは、言いかえれば自社のビジネスエコシステムにおいてどんな登場人物がいるのかを明確にすることに他ならない。

 まず自社の顧客となりうる人たち、カスタマーセグメントを検討する。できるだけ具体的な課題を持っている人を見つけよう。次に、その人が自社のサービスにお金を払ってくれるかを考える。払ってくれそうなら、その人が持つ課題や背景を明らかにし、同じような人を探していく。こうしてセグメントを切り分けられるようになる。

 もしお金を払ってくれなそうだとしたら、その人と似たような人たちが集まったときにメリットが生じるステークホルダーを探す。先ほどの自動運転技術の例で言えば、運転手個別にリーチするよりもX社のほうがより自社の利益増大につながりそうだ、となる。このようにビジネスエコシステムの登場人物を明確にしていこう。

 ペルソナを作成するときは、想像に任せるのではなく、その人が持つ動機や背景を担保する情報やリアリティを準備する必要がある。BtoB企業がペルソナを作る場合は、競合や顧客になりそうな企業関係者のインタビュー記事がたいへん参考になる。

 こうして何種類かのペルソナができ上がったら、自社のサービスに最も合致した人たちを狙い撃ちしてサービスを展開する。大企業であればあるほど汎用サービスで「誰でも使える」ことをアピールしがちだが、実際にはうまくいきづらい。まずは自社が得意とするターゲットを見つけ、その人たちに満足してもらえるサービスを実装しなければならない。また、サービス利用のモデルケースとなるターゲットならなおよいとのことだ。

デザイン思考の真価を発揮させるには

 サービス開発においても、今津氏はプロトタイプを早く作って検証することが大事だと強調する。モノ作り企業ではプロトタイプすら「どの顧客に向けたモノであるのか」「本当に価値のあるモノであるのか」と凝ったまま作ろうとしてしまうことが多いが、時間がかかるくらいなら精度やクオリティを下げるべきだという。それは、サービスが影も形もないと評価できないからだ。スケッチ、ワイヤーフレーム、ストーリーボード、動画、ウェブサイト、アプリなど、とにかくユーザーにとって不可欠な機能だけを搭載したものを早く出す必要がある。

 今津氏はまた、プロトタイプを作るためのアイデアを発想するときは、創造力を羽ばたかせることの重要性を説く。企業の中にいると、どうしても「面白くはないが安定しているもの」を選びがちだが、むしろダークホースとなるような、型破りなプロトタイプを実装したほうがいいのだと。省いたり、減らしたり、増やしたり、回したり、過剰にしたり、業界スタンダードを疑わなければならない。

 そして当然、プロトタイプの展開時にも定量評価とその視覚化が必要だ。関係者間でファクトを共有して話すことで、曖昧な部分が少なくなりビジネスのスピードも増すのだ。

 今津氏は最後に、デザイン思考の実践には自前主義からの脱却が欠かせないと訴えた。何でもチーム内で完結させようとするのではなく、アイデアも情報もフレームワークも何でも貸したり借りたりして、社内外につながりを作っていくこと。部門外のチームの知見が活かせるかもしれないし、自分たちのチームの発見が別の事業の成長を加速させるかもしれない。またもちろん、コアとなる自社の強みは握っておく必要はあるが、スピード感の必要な昨今の市場では協業パートナーも欠かせない。

 今回のセミナーで語られたように、デザイン思考の真価を発揮させるには評価制度や部署間のつながり、組織体制など全社的な取り組み方が重要だ。ただ、それでも最初は小さなところから始めていくのが成功への第一歩だろう。デザイン思考の実践についてより詳細に知りたい方は、ぜひ『デザインシンキング・プレイブック』を参考にしてもらいたい。

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この記事の著者

渡部 拓也(ワタナベ タクヤ)

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