開業期のベンチャーマインドを再び――次世代に向けた新たなイノベーションに挑むソニー銀行

第5回:ソニー銀行 株式会社 営業統括部長 髙木 文隆 氏

 ソニー銀行 営業統括部長の髙木文隆氏は、新卒で入社した八千代銀行に10年勤めた後、2003年に今の職場に転職した。業界の常識にとらわれない新興企業ならではの体験と、次世代の成長へ向けた現在の取り組みについて、INDEE Japanの津嶋辰郎氏と津田真吾氏がインタビューした。

[公開日]

[語り手] 髙木 文隆 [取材・構成] やつづかえり [編] 栗原 茂(Biz/Zine編集部)

[タグ] ビジネスモデル デザイン思考 マーケティング 事業開発 カスタマージャーニー 経営企画

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トラディショナルな地方銀行から開業2年目のソニー銀行へ

津嶋(INDEE Japan 代表取締役/マネージングディレクター)
 まずは、髙木さんがこれまでどんな経歴を送られてきたのかを伺いたいと思います。

髙木(ソニー銀行株式会社 営業統括部長):
 93年に新卒で第二地方銀行の八千代銀行に入行し、10年勤めました。
 転機になったのは30歳になる前に1年間、日本生産性本部主催の経営コンサルタント養成講座に派遣してもらったことです。当時、融資を担当していた先がバブル崩壊で経営が悪化していく中、融資担当者ができることはわずかで、銀行の無力さを感じていました。コンサルタントの知識を持てばもっと企業の内側からの手助けができるのではないかと考え、その講座を受けました。経営に関わるひととおりのノウハウについて座学と実習で学びました。人生の中でも一番というくらい勉強しましたね。

津嶋:
 その後現場に戻り、企業再生のような仕事を?

髙木:
 当初はそのような志を持っていましたが、実際に実習などで企業に入りコンサルテーションしてみるとその立場にも限界を感じるようになりました。一方で、マーケティングや、ビジネスをゼロから作るということに興味を持つようになりました。それでマーケティングや企画の部署に行きたいと希望を出したところ、ネットバンキングの立ち上げに携わることになりました。当時の地方銀行におけるネットバンキングの位置づけは、リアルのチャネルを補完するぐらいというサブ的なもので「若い社員に自由にやらせようと」とかなり思い通りにやらせてもらえました。1年間、生産性本部で勉強したことの集大成のような位置づけで、いろいろトライできた。それが2つ目の転機ですね。

津嶋:
 その後ソニー銀行に移られたのは、ネットバンキングの仕事がきっかけですか?

髙木:
 そうですね。ちょうど八千代銀行でネットバンキング導入の企画が大詰めを迎えているときに、ソニー銀行がサービスを開始しました。初日にアクセスが集中して繋がりにくい状況になっているのを見て、業界の友達と「想定を大幅に超えるアクセスがきているんだ」などと当事者の苦労も知らずに感心するとともに世間からの注目度の高さをうらやましくも感じていました。
 その時は負けたくないという思いでしたが、より気になる存在になったのはソニー銀行が住宅ローンを始めたときです。当時僕らも住宅ローンをWebで提供できればサラリーマン層への接触機会が増えると考え、せめて申し込みの受付だけでもできないかと画策していた時期でした。でもそれには相当な費用がかかるし、マネジメントからは「住宅購入という人生の一大イベントの一部である住宅ローンをインターネットで申し込む人はいない」と費用対効果を認めてもらえませんでした。そんな中でソニー銀行が申し込みから借入まですべてWebで完結する住宅ローンを始めた。みんなアイデアはあってもブレークスルーできなかったところを、あっけらかんとやってしまう。すごい人達がいるなと驚きました。転職を考え始めたのはそれがきっかけでした。

髙木文隆ソニー銀行株式会社 営業統括部長 髙木 文隆 氏

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