“旗を振る人と共感する人”が集う場をつくる渡邉さんの「デザインしないキャリア」

「デザインしない」キャリアとその実践者:第2回 渡邉知さん

 スキルを磨いてやりたい仕事に就きたい。ポジションや待遇もアップさせたい。そのために、自らキャリアをデザインすることも大切ではありますが、全く違うアプローチで、自分の可能性を高めることができるのではないか。その問題意識のもと、「デザインしないキャリア」の有用性について、その実践者の言葉をもとに検証していきます。連載第二回は、電通、リクルートといった大企業でのキャリアをリセットし、コミュニティ・プロデュースを専門とする、株式会社ファイアープレイスを創業した、渡邉 知さんにお話を伺いました。

[公開日]

[語り手] 渡邉 知 [取材・構成] 佐藤 崇敏 [編] 栗原 茂(Biz/Zine編集部)

[タグ] コミュニティ ワークスタイル キャリアデザイン キャリアドリフト 計画された偶発性

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渡邉知さんプロフィール

株式会社ファイアープレイス代表取締役社長
1999年(株)電通国際情報サービス(ISID)入社。人事部の採用マネージャなどを経て、2008年より(株)リクルートへ中途入社。2011年よりじゃらんリサーチセンター エリアプロデューサー/研究員。2014年よりISIDオープンイノベーション研究所へ。ビジネスプロデューサーとして、主にICTを活用した地域コミュニティづくりに携わる。2015年、(株)ファイアープレイス設立。東京都観光まちづくりアドバイザー。静岡県地域づくりアドバイザー。(株)さとゆめ社外アドバイザー。

キャリアヒストリー

  • 1999年3月:東京理科大学 理工学部経営工学科 卒業
  • 1999年4月:株式会社電通国際情報サービス(ISID)入社
    人事部での採用業務を経て、経営企画室へ
  • 2008年:株式会社リクルートに転職
    大手企業向けの人材支援サービス営業職を経て、じゃらんリサーチセンターへ
  • 2014年:ISIDオープンイノベーション研究所に転職
    オリンピック向けの新技術の実証実験を担当するプロジェクトリーダーに
  • 2015年5月:株式会社ファイアープレイスを設立
    人が集まる「場」づくりと、「場」を活用したコミュニティ/ビジネスデザインに従事

電通、リクルートでは出来なかった「コミュニティ」を核にした“プロジェクトベース”の働き方

――電通グループからリクルートへ。そのいきさつを聞かせてください。

 私は、新しいことと人と違うことが好きな人間でした。これまでに熱中したスポーツは、水球とアメフトで、どちらも競技人口が多くはありません(笑)。大学では、当時は珍しかった経営工学科を専攻し、卒業後は、電通国際情報サービス(ISID)に入社。IT革命が始まるタイミングで、「何か新しくて、面白そうなことができそうだ」とワクワクして入社、人事部採用担当を経て経営計画室に。その後、バックオフィスではなく現場に出たいと強く想い、リクルートに転職しました。

 リクルートでは、まずは、大手企業の採用を支援する営業職に就きました。そして、東日本大震災をきっかけに、「地域」や「コミュニティ」に強い関心を抱くようになり、旅行サービスの『じゃらん』の部署へと異動。中央省庁や地方行政、地域のステークホルダーの皆さんと連携しながら、エリアプロデューサー兼研究員として、地方創生のために全国を行脚する毎日でした。しかし、徐々に部署の方針、自分の想い、会社の利益の共存共栄が難しくなっていきました。

――その後のキャリアは、どう歩まれましたか?

 その時、古巣の電通グループから声を掛けられました。「東京オリンピックが決まった。ヒト・モノ・カネが動く。大手企業のクライアントと新しい実証研究をやらないか」と誘われ、意を決して戻りました。自ら研究テーマを立案して、協賛企業とともにイノベーションを生み出す仕事です。新しく、独自性もあり、かつ、世の中へのインパクトも非常に大きい。満足はしていましたが、ここで大きな転機が訪れました。

 会社での仕事と並行して、長野県小諸市の林間学校の跡地を、キャンプ場へとリノベーションするプロジェクトを個人で進めていました。自分の力だけではままならないので、フェイスブック経由でボランティアを募集したのです。すると700名が「いいね!」してくれて、なんと、のべ170名の方が現地に来てくれた。木の伐採、雑草の刈り取り、小屋づくりなどの整備を進め、同時に、電源・水道のインフラ周りを設置して、「風を感じる」をテーマにしたキャンプ場、『VENT VILLAGE』が生まれたのです。

VENT VILLAGEVENT VILLAGE

――会社員として勤務しながら、その成果は出すことは非常に難しいかと思います。

 「170名が集まってくれた」ということが、非常に嬉しかったし、衝撃でした。「この指とまれ!」と旗を振る人とそれに共感した人がいて、役割分担とプロジェクトマネジメントが生まれれば、そこには「組織」と「仕事」が誕生していました。「会社」という組織では体感し得ない協働作業がそこにはありました。おそらく、未来のワークスタイルはこれに近いものになる。そういった確信が、自分の中に生まれました。会社や組織に制約を課され続けるのではなく、自分が共感したプロジェクトのみにジョインしてもいいワークスタイル。自分で自分をコントロールできる働き方、生き方が、これからは実践されていくだろうと。これまで企業・組織の枠でしか見えていなかった世界が、一気に拡がっていきました。自らでこの働き方・生き方を実践するだけでなく、周囲に対して啓蒙していきたい。そう強く思い、ISIDを退職して起業することを決断しました。

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