“コンサル的思考”が通用しないベンチャーで、スマホ作家から学んだ大事なこと

「デザインしない」キャリアとその実践者:第5回 SAKURAS 池上さん

 スキルを磨いてやりたい仕事に就きたい。ポジションや待遇もアップさせたい。そのために、自らでキャリアをデザインすることも大切ではありますが、全く違うアプローチで、自分の可能性を高めることができるのではないか。その問題意識のもと、「デザインしないキャリア」の有用性について、その実践者の言葉をもとに検証していきます。連載第五回は、A.T.カーニーでのコンサルタント、ディー・エヌ・エー(DeNA)での子会社社長を経て、エンターテインメント領域のデジタル戦略コンサルティング会社、サクラスを創業した池上真之さんにお話を伺いました。

[公開日]

[語り手] 池上 真之 [取材・構成] 佐藤 崇敏 [編] 栗原 茂(Biz/Zine編集部)

[タグ] ワークスタイル キャリアデザイン キャリアドリフト 計画された偶発性

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池上真之さんプロフィール

サクラス株式会社 代表取締役
ユーゴスラビア生まれ。アメリカ在住だった中学生時代にプログラミングで受賞し、学生時代を通じてプログラミングに熱中する。慶応義塾大学理工学部を卒業後、外資系コンサルティングファーム「A.T.カーニー」に入社。様々な業界のコンサルティングを手がけた後、DeNAとNTTドコモの合弁会社「エブリスタ」の立ち上げに携わり、同社代表取締役社長に就任。『王様ゲーム』『奴隷区』などメガヒット作を次々と生み出し、スマホ小説ブームを作る。15年3月末に退任し、放送局や出版社のデジタル戦略コンサルティング企業、サクラスを創業。
主な著書に『会社を辞めて年収が上がる人、下がる人 ~ヒットメーカーが教える「格差社会の生存戦略」~』(小学館・2016年)

キャリアヒストリー

  • 2005年3月:慶應義塾大学 理工学部 卒業
  • 2005年4月:A.T.カーニーに入社
    戦略コンサルタントを務める
  • 2009年11月:DeNAに転職
    同社とNTTドコモの合弁会社「エブリスタ」を立ち上げ、代表取締役に就任。スマホ小説ブームを作る
  • 2015年4月:サクラス株式会社を創業
    エンタメ領域のデジタル戦略コンサルティングを展開

周りを喜ばせることを学んだアメリカ生活と、プロとしての職業観を身につけた大学時代

——どのような学生時代を過ごしていましたか?

 ユーゴスラビアで生まれて、中学2年になるまで国内外で転校を繰り返していました。父が銀行員で転勤が多く、引っ越しの回数は7回くらい。新しい環境では、まずは自己主張をするよりも、周りになじまなければいけない。この経験が、後の人生にも大きな影響を及ぼしています。
 アメリカのメリーランドで過ごした中学生時代のこと。英語が話せず、最初は孤立してしまいました。転校初日に、どこの教室に行けばいいのかもわからず、廊下をうろうろしているところを先生に助けられるほど。昼食も一緒に食べる人がいなくて、ひとりさびしく食べていました。そこでパソコンくらいしかやることがなくて、きちんと勉強を始めて、エクセルのVisual Basicでカードゲームを作ったのです。これが教室のみんなに喜んでもらえた。仲良くなったのはもちろんのこと、学校代表として郡の展覧会に出品して賞をもらえたのです。何かを自分で働きかけて、周りの人に喜んでもらう大切さを学べたのは、とても大きかったと思います。

 高校は日本に戻ってきました。当時は、i-modeがリリースされた直後で、待ち受け画像のサイトを作って公開し、多くの人にダウンロードしてもらったり、文化祭用のモバイルサイトを制作したりしました。おそらく日本では初めてだったと思うので、友人たちに喜んでもらえたのを覚えています。
 大学は慶應義塾大学の理工学部・情報工学科に進学。学業よりも、ビジネスについての学びの方が大きかったですね。当時は、塾講師のバイトと、携帯ゲームの運営を行っていました。前者の塾講師では、自分は高校も大学も受験をしていないのに、きちんと教えて、生徒の受験を成功させなくてはならない。「先生はプロだから、今年のこの学校の傾向はわかるでしょ?」と聞かれると、高額のお金をいただいているからには、何かしらの解を提示しなくてはならないのです。携帯ゲームについては、戦国時代をモチーフにしたゲームをひとりで作りました。当然、プログラマとしては未熟ですので、バグが起き、サーバーがおかしくなるようなことが頻発。深夜だろうが何だろうが、復旧させないといけない。ここでもプロ意識を学ぶことができました。

池上真之サクラス株式会社 代表取締役社長 CEO 池上 真之 氏

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