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山崎徳之の「テクノロジービジネスの幻想とリアル」

ベンチャー起業家からみたバズワードとメディアの関係

【ゼロスタート山崎社長のコラム Vol.6】

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これまでの5回の連載で、ベンチャー企業がバズワードを使って得するところや、逆に注意すべきところを話してきました。 最後となるバズワードとメディアについて考えてみます。

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誤解を恐れずに言えば、メディアというのはそれ自体が商行為ですから、基本的には記事は商品です。このため、記事には本質的に「ウケるものが良い」という性質があるということになります。
もちろんそうなりすぎないようにという「記者の矜持」というのはありますが、これはだんだん劣化してきているように思えます。
以前であれば新聞系や出版系、あるいはTVなどの大手メディアの記事がソーシャルの一般人の投稿からの流用するなんて、そうしたメディアの人間にとっては「恥ずべき」行為とまでは言わないまでも、抵抗があったのではないでしょうか?
ところが今では、TV番組では動画サイトの投稿の紹介が溢れ、名も無きブロガーの投稿が大手のメディアで引用されます。(とはいえ、メディアの場合は引用先の情報の真偽性や信頼性は確認するものですが、時にはそれすら首をかしげるケースがあります)

メディアのウラを知ることが大事

バズワードが生まれる背景にもメディアのビジネスとしての力学が関係しています。
あるキーワードの登場頻度とそれに対する読者の反応があるレベルを超えると、「ウケるからそのネタを書く」「よく見るキーワードなのですごいものらしい」というスパイラルに陥り、本質と乖離していきます。
メディアにおける記事の目的には「自分の知らない知識を得られる」というものと、「読んでいると面白いから読む」というものがありますが、ビジネスやITの記事というのは本来どちらかというと前者です。
社会・芸能などは後者寄りですね。

ところが、バズワード化して本質と乖離していくと、後者としての要素を持ち始めます。
個人的にはビジネスやIT関連の記事は、情報として価値が有るかが重要で、「読み物として面白い」かどうかはあまり意味がないと思います。
とはいえ、メディアにとっては、興味・関心を引く「読まれる記事」を量産することが最優先されます。
そうなると問題は、専門系の記事の場合、記者にも知識が求められるため嘘や間違いが入りやすくなるということです。
いまだと例えば人工知能。表面をなぞっただけの記事も多々ありますが、ちょっと誤解があるとか、筆者から見て完全に記者の思い込みだけで書いているんじゃないの?と思える記事が多いのです。

こうしたメディアの動きというのは、メディアだけに問題があるのではなく、受け手にも問題があります。
記事の濫造に対して厳しい態度で望めば(といってもそういう記事を読まないというだけですが)、メディアは商行為なので質は自然に良くなっていくでしょう。

ただ問題なのは、芸能記事などは「最初はともかくメディアがいつまでもしつこい」という気持ちが持てますが、専門記事の場合その内容が嘘か本当かを見分ける責任まで読者に求めるかどうかという点です。
思い出深いのが、私が新卒で就職したときに先輩から、権威のあるテクノロジー系専門雑誌の記事にも「嘘が多いから注意しないとダメだ」と言われたことです。
それまでは、専門誌の記事に嘘があるとは考えたことがなかったので、結構ショックでした。
今はソーシャルメディアが普及したこともあって、記事の内容についてより詳しい専門家がコメントしてそれが広まる、というケースも多々あるため以前ほど専門系の記事を盲目的に信じるということはないと思いますが、とはいえ自分が詳しくないジャンルであれば、記事化されていればそれなりの信ぴょう性があるという前提で読むのは、やむをえない部分はあるでしょう。

もうひとつ、忘れてならないのは、そうしたバズワードに乗っかっているスポンサー企業の存在です。
メディアでは、明らかなPR記事は「PR表記」がなければ、ステマと叩かれます。しかしたとえその記事自体がPRでなくても、媒体のメインスポンサーがそのバズワードに関連した企業の場合、その関連記事を増やすことになります。これはビジネスやITだけでなく、一般雑誌の「特集」でもよくあることです。
メディアの主張や取り上げるテーマと広告主の関係を見ておくことも、読者としては必要かもしれません。

「バズワードを利用・活用する企業」は、バズワード化は歓迎すべきことで、そうした流れをより加速させるようなアクションなども増えてきます。
それは記事広告であったり、そうしたテーマのセミナーであったりなどです。

筆者は最近、人工知能に関する講演を依頼されることが増えました。筆者自身は、人工知能にかこつけて、自社の製品を紹介するのは不本意なので、やらないようにしています。そうすると、講演しても自社製品の紹介はほとんどできなくなるんですね(笑)

「きちんとしていて当たり前文化」がメディアへの過信を生んでいる?

あと、日本は比較的「相手にしっかりしていることを期待する」という文化もあると思います。例えば郵便などはまず確実に届きますし、電車も時間どおりに運行しますし、役所の手続きや企業のサービスなども、「きちんとしていることが当たり前」という前提があります。
それはそれで大変良いことなのですが、これが「自己責任で相手を見極めるという姿勢を弱めてしまう」という側面があります。アメリカなどは、郵便が届かないなんてことは、ざらにあります。役所に自分の住所の変更などを伝えてもそれが反映されないことも多々ありますし、基本的に自分のリクエストを相手がきちんと処理することを確認するまでが自分の責任、という意識があります。サービスする側にきちんと仕事させるには、自分で相手をしっかり見極めて、安易に信用をしないという姿勢です。

このためメディアについても、「その内容を見極めるのは自分の役割」という姿勢が見られます。アメリカはケーブルテレビなどほとんどが有料ですし、お金を払うとなれば見方も厳しくなろうというものですね。
日本の場合はそこまで読者・視聴者が情報の受け手として発信側の質を見極める、という傾向は無いように思います。
Webメディアの場合、最近では少し有料のメディアが登場してきましたが、まだまだ大半が無料です。無料コンテンツが一般、記事に対する姿勢がより甘くなる一因かもしれません。
情報がお金を払わないと手に入らないのであれば、その質を評価するというのはより重要でしょう。
ただゴシップ誌もたくさん売れるので、一概にそれだけでは解決しない問題かもしれませんが。

今回はバズワードが生まれる理由について触れてみました。
またこの連載は今回で最終回となります。
これまでありがとうございました。

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この記事の著者

山崎 徳之(ヤマザキ ノリユキ)

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