生成AIは「中央値」に強く、「外れ値」に弱い
本セッションのタイトルは「AIと共に築く競争優位」。それに倣い、話題は楠木氏と山口氏の生成AIの活用法からスタートした。
BCGなどコンサルタント出身の山口氏は「コンサルティングファームのプロセスで言えば、主に若手のコンサルタントが担うアナリストの仕事をChatGPTで行うようになっています」と話す。自身の具体的な活用シーンとしては、著作の執筆時だ。山口氏の近著『人生の経営戦略――自分の人生を自分で考えて生きるための戦略コンセプト20』(ダイヤモンド社)は、全体の1/5程度のテキストが生成AIによって執筆されているという。
「たとえば、すでに確立された経営戦略の理論を端的かつ的確に説明するのは、なかなか厄介です。しかし、ChatGPTに『ブルー・オーシャン戦略の説明文を400文字で作ってください』と指示すると、すぐさま出力してくれます。このように、ある程度“正解”が定まっている事象を、できるだけ多くの人に分かりやすい形で説明する際には生成AIが便利です。いわばコンテンツの妥当性を担保する“中央値”を担うツールとして生成AIを活用するのが良いと思っています」(山口氏)

山口氏は、コンテンツには「中央値」と「外れ値」の部分が必要だと続けた。妥当で的確な情報を伝える「中央値」の部分と、作者の個性や作品の付加価値となる「外れ値」の部分が適切に組み合わさることで、質の高いコンテンツが生まれる。
これを受けて楠木氏は、生成AIは「中央値」の出力に強力な強みを持つ一方で、人間的な魅力やニーズの理解などが求められる「外れ値」の出力には向かないと述べた。
「周さんは著作が広く読まれているヒットメーカーですが、生成AIに本を書かせたとしても周さんのように売れないでしょう。問題は現在のAIをめぐる議論が供給側に偏っているということです。生成AIを使えば次から次へといろいろなコンテンツを生産できます。しかし、需要があるかどうかは別問題です。競争の観点からいえば、供給が増えるほど競争は厳しくなる。需要が増えなければ、客の取り合いになります。これまで以上に独自性が求められる。ところがAIで生産されるものは、少なくとも現時点では、平均値的なものに流れる。違いをつくるという競争戦略の本質からすれば、AIには自滅的な側面があります。周さんの本がなぜ読者を惹きつけるかというと、第一にコンセプトが秀逸だからです。需要にジャストミートするコンセプトはAIに聞いても出てきません」(楠木氏)

「正解を出す能力」の価値は下落している
楠木氏が提起した生成AIにまつわる需要と供給の問題を受けて、山口氏は産業革命の例を出して議論を展開する。一般的に、産業革命は、蒸気機関など新技術の発明により生産力が爆発的に向上し、近代社会の基盤を築いた事象として説明される。しかし、山口氏はこの説明に疑問を呈する。新技術による生産力の向上とは、需給における供給面のみを捉えており、需要面の変化は言及されていない。産業革命において、需要がどのように喚起されたのかに目を向ける必要がある。
紡績機の発明によって生糸の生産量は飛躍的に増えたが、生糸を大量に生産するだけでは衣服の需要は伸びない。生糸から生地を折ったり、デザインを企画したりして、多くの人が欲しがるような衣服を作って需要を喚起する必要があるのだ。
「新たな革新的な技術が登場して、生産プロセスのある一部分が供給過剰になると、その工程の前後にボトルネックが移動します。生成AIも同様で、“中央値”のアウトプットが供給過剰になった結果、前後の工程のコンセプト設計、営業、デリバリーなどがより重要になるはずです。言い換えると、“正解を出す能力”は今後それほど重要視されなくなっていくのだと思います」(山口氏)
山口氏は「正解を出す能力」の価値の下落を象徴する出来事として、富士通の新卒一括採用の廃止を挙げた。新卒一括採用の背景には、既成の問いに対して効率的に回答を出す人材を重宝してきた、日本企業の人材観がある。「正解を出す能力」は大学入試で一定程度判定されているため、新卒採用時に改めて審査するのは効率的ではない。それが個々人の特性よりも学歴を重視する新卒一括採用が慣例化していた1つの理由だと山口氏は説明する。
しかし、今後は「正解を出す能力」の価値の下落により、人間的な魅力など、面接やペーパーテストでは判定しにくい能力を重視して人材を採用しなければならない。こうした採用のスタイルに新卒一括採用は馴染まないため、欧米型のインターンシップ型の採用に移行していくのが今後の流れではないかと山口氏は予想した。