大企業が社会課題ビジネスに次々と参入する理由
──本書のテーマは「社会課題×新規事業」です。まずは、なぜ今、新規事業の領域として社会課題が注目を集めているのかご解説いただけますか。
岩泉謙吾氏(以下、岩泉):企業が社会課題に取り組むこと自体は、CSRやサステナビリティの文脈で以前から行われており、決して新しい動きはありません。ただし、従来は企業の社会的責任に対する“義務”といった色合いが強く、必ずしも企業価値向上や収益につながっていない面がありました。義務的な活動にコストが費やされるなかで、企業は企業価値向上や収益確保との両立を模索しはじめ、同時に投資家や株主からもサステナビリティなどの活動を価値創出の手段とするような要請が高まってきました。社会課題を新規事業の領域と捉える機運が醸成されてきたことで、課題解決を収益モデルに結び付ける専門的な支援を求める企業が増え、私たちEY ストラテジー・アンド・コンサルティングにも相談が急増しています。
「社会課題×新規事業」の機運を加速させたのがコロナ禍でした。コロナ禍をきっかけにデジタル投資が急激に進み、テクノロジーで解決できる社会課題が少なくないことが広く知られました。たとえば、リモートワークやオンライン授業は、移動に困難を抱える方たちの就業や就学に関する課題解消に貢献しています。そのほかにも、コロナ禍には様々な領域の社会課題がテクノロジーで解消できる可能性が示されました。こうした出来事は、企業が社会課題ビジネスに取り組む大きなきっかけになったと思います。
──最近では、とりわけ大企業が社会課題ビジネスに取り組むケースが増えています。
岩泉:以前は、「社会課題」というとNPOやスタートアップが取り組む印象がたしかにありました。しかし、近年では、企業価値向上や収益の確保を目指して、国内の大企業が社会課題の解消に取り組むケースが珍しくありません。
また、社会課題ビジネスは人口減少時代の有力な投資先でもあります。人口減少により国内市場が縮小する一方で、社会課題は次々に生まれています。また、国内の大企業の現預金は上昇傾向にあり、有力な投資先を探していることも少なくありません。こうしたなかで、社会課題を新たな投資先と捉え、新規事業の創出に取り組む大企業が増えています。
──取り組みの事例は増えている一方で、具体的な成果につながっているケースは少ないようにも思います。
中川遼氏(以下、中川):社会課題は極めてスケールの大きな問題であるため、それを起点にして新規事業を創出するには、社会課題に対する解像度を高めたり、そのなかに潜んでいるニーズや新たな市場の可能性を見出したりする必要があります。こうした紐解きを本書では「社会課題が生む商機を見出す」と表現しているのですが、このプロセスが十分ではない企業が多い印象です。商機の掘り下げが十分でない場合、顧客像やニーズが判然としないため、収益性やスケーラビリティにも乏しい事業が生まれてしまいます。具体的な成果が少ないのには、そうした背景があるように思います。
──なぜ、社会課題ビジネスでは、商機に対する掘り下げが不十分になってしまうのでしょうか。
中川:私は「社会課題そのものを商機と捉えてしまう」というのが大きな原因だと思っています。たとえば、気候変動をテーマとする新規事業であれば、気候変動そのものの解決を目指してしまうといったケースです。広く知られる通り、気候変動は複合的な要因が絡み合った極めて複雑な問題ですから容易には解決できません。そのなかで商機を見出すには、気候変動の問題を分解し解像度を高めて、新規事業が成立するポジションやビジネスモデルを構想する必要があります。
しかし、最近は、課題起点で新規事業を創出する方法論が普及していることもあり、気候変動や飢餓といった巨大な社会課題に一足飛びで取り組んでしまうことが少なくありません。社会課題ビジネスと、一般的な新規事業とは、事業化に至るプロセスが異なるという点は理解しておくべきです。