北瀬氏が振り返る、前進した大企業のイノベーション
栗原茂(以下、栗原):北瀬さんは前職のNEC時代に、AIデータ分析プラットフォームを提供する新会社「dotData」のカーブアウトや、共創型R&Dから新事業を創出する「BIRD INITIATIVE」の設立など、数々の新規事業を手掛けられました。本日は豊富な経験から、昨今の日本の大企業におけるイノベーションの状況や今後の進むべき道のりを伺いたいと思います。まずは、2025年4月からヤマハの執行役員に就任した経緯をお聞かせいただけますか。
北瀬聖光氏(以下、北瀬):1993年にNECに入社して以来、IT業界でキャリアを積んできたのですが、IT業界とは異なる垂直統合型の業界で働いてみたいという思いはありました。その点で、世界を代表する楽器、音響機器の総合メーカーであるヤマハは、理想的な環境でした。ちょうど2024年に、NECで手掛けていた事業に一区切りがつき、次の挑戦の場を探そうと考えていたところ、ヤマハよりご縁をいただき、未知なる産業であるがこれまでの経験や知見で貢献できると考え、入社したという経緯です。
栗原:ヤマハでは、執行役員として新規事業開発部の部長を務められています。前職の経験を活かして、どのような役割を担うのでしょうか。
北瀬:そうですね。私のミッションは、大まかに「非連続な成長の実現」と「持続的にイノベーションを生み出す仕組みづくり」の2点です。ヤマハは2024年4月に、音・音楽の領域を中心にグローバルなオープンイノベーションを強化するため、シリコンバレーに事業開発拠点「Yamaha Music Innovations」を設置しました。さまざまな準備を進め、2025年の5月からCVCである「Yamaha Music Innovations Fund」が本格的な活動フェーズに入る[1]など、イノベーション創出に向けた環境を素晴らしいスピードで切り拓きつつあります。そのなかで、新たな領域を切り拓き、持続的に事業が生まれる仕組みや組織文化を構築するのが私の役目です。
栗原:北瀬さんは、著書『大企業イノベーション 新規事業を成功に導く4つの鍵』(幻冬舎。以下、本書)で、大企業にイノベーションの仕組みや文化を根付かせるまでの過程をまとめられています。かつては「大企業からイノベーションは生まれない」と言われた時期もありましたが、現在の日本における大企業の取り組みをどのように見られていますか。
北瀬:「形だけのオープンイノベーションに終始しがち」「メンバーが主体性に乏しく、“やらされ感”がある」など、大企業におけるイノベーションの問題点は以前から取り沙汰されてきました。私自身も、そうした指摘に頷かされることが多かったです。
ただ、ここ10年ほどでそれらの問題点はかなり改善されているというのが私の認識です。他社の追随や成り行きではなく、成長戦略のなかにオープンイノベーションを位置付けて組織的に活動を推進している企業がかなり増えました。また、社内公募制度などで意欲あるメンバーが異動できる仕組みも広く定着してきています。さらに、「失敗事例の蓄積」も見逃せません。「こうすると新規事業は失敗する」という事例が積み重なり、それを多くの企業が学んだことで日本のイノベーションのレベルが向上した面は確実にあると思います。
もっと言えば、今後は生成AIの普及により、さらにイノベーションを生み出しやすい環境が整うでしょう。作業の効率化や事業の加速といった点はもちろん、従来は杓子定規で柔軟性に欠けるとされてきた大企業の「ドキュメント文化」が強みになるからです。
なぜ大企業の「ドキュメント文化」が強みになるのか
栗原:「ドキュメント文化が強みになる」とは、どういったことを指すのでしょうか。
北瀬:日本の大企業には、社内の会議、報告や申請などの際に、逐一、文書を作成して保存する文化が広く根付いています。こうした文化は経営の効率化を阻害する悪しき習慣と見なされがちですが、生成AI時代には、社内に蓄積した文書は自社の独自性を学習する価値あるデータになります。
大量の社内文書を生成AIに学習させれば、自社の強み、プロセス、そして文化に適したアウトプットが可能になり、ともすると一般論で均一化しがちな生成AI時代において、他社に抜きん出る強みが持てるでしょう。組織におけるさまざまなナレッジが効率的に可視化され、社外にあるナレッジと組み合わされることが重要です。日本の大企業の強みを活かしたイノベーションが可能な時代が、今まさに到来しつつあるのだと思います。

[1]ヤマハ株式会社『次世代の音楽体験と新規事業の創出を目指す コーポレートベンチャーキャピタル「Yamaha Music Innovations Fund」を本格始動 米国シリコンバレーで音楽領域のスタートアップ支援を加速』(2025年05月08日)