頭の中で思うだけで機器を操作できるブレイン・マシン・インタフェース(BMI)には多くの期待が寄せられているが、現状の技術では性能が限定されており、体で操作する方法と比べて、健常者にとっての優位性が明らかではなかったという。
今回、研究グループはアンドロイド・ロボットをBMIを介して脳により操作した場合と、体により操作した場合の反応を比べる実験を行い、脳により操作した方が、アンドロイドに対しより強く適応できることを実証した。
今回の研究成果として、次のようなポイントがあげられている。
- 現状のBMIを介した脳による操作は、リモコンや体による操作と比べて遅延が大きく、性能も限定されていることから、健常者への応用は困難だった。
- 今回、アンドロイドを脳によって操作すると、体で操作した場合と比べ、アンドロイドへの適応力が高くなる(アンドロイドとの一体感が高まる)ことがわかった。
- 研究の知見はアンドロイドに限らず、多様な機器の遠隔操作で効果があると考えられる。またBMI性能の向上や、脳による操作のメリットを活かした新しい応用分野の開拓に寄与することが期待される。
■研究の背景と経緯
ImPACT山川プログラム・マネージャーの研究開発プログラムでは、脳の健康に関するサイエンスとビジネスのインタラクションにより、世界に先駆けた新産業創出を目指しており、その一環としてアンドロイドが人の脳に及ぼす効果の検証と、この効果を用いて人の脳を効率的に制御する方法を探索してきた。
これまでの研究から、BMIを介してアンドロイドを操作する際、フィードバックの与え方を工夫することで、操作者の脳活動パターンをBMIの性能を引き上げる方向に変化させられることがわかっている。
研究開発プログラムではさらに研究を進め、この効果が通常のロボットよりもアンドロイドを操作した場合に長く続くことなど、アンドロイドをBMIで操作することで、人に強い作用を及ぼしうることがわかってきた。しかし、現状の技術ではBMIは性能が限定され、操作遅延も大きいため、リモコンや体を動かして操作する代替手段と比べた場合、特に健常者にとってはBMIを使うメリットが明確ではなかった。
今回、研究グループはアンドロイドを対象として、脳波によるBMIで操作した場合と、体により操作した場合とで比較する実験を行った(実験参加者33名)。この際、体による操作にはモーションキャプチャ装置を用いて、操作者の体の動きにあわせてアンドロイドが動くようにしている。
一定時間の操作を行った後、アンドロイドをどの程度自分の体と感じたかを主観評価(アンケート)によって問うとともに、客観評価としてアンドロイドへ刺激を加えた時の皮膚コンダクタンス反応を測定した。
■研究結果
実験の結果、主観評価、客観評価のいずれでも、体により操作した場合と比べ、BMIを介して脳により操作した場合に、アンドロイドをより強く自分の体として感じられることがわかった。
BMI、特に今回のように脳波を用いるBMIでは、操作者の意図を識別するための脳波データを蓄積するために、動きを想像してから実際にアンドロイドが動くまでに遅延が生じる。今回の実験では、体による操作と比べて、BMIを介した脳による操作では0.5秒程度の遅延が生じている。このような遅延がある場合、一般に操作感は失われ、また操作対象との一体感も阻害される。
このような遅延があるにもかかわらず、低遅延のモーションキャプチャによる操作よりもアンドロイドとの一体感が強く感じられた理由は、今回の実験だけからでは明確ではないが、BMIを介した脳による操作時には、運動を意図するだけで実際には体が動いていないことが良い方向に働いたと考えられる。
すなわち、体による操作では自分本来の体が動き、姿勢の変化などが感じられるが、その姿勢変化とロボットの動きとの間でギャップが生じるため、一体感が損なわれるのに対し、姿勢変化を必要としないBMIを介した脳による操作では遅延が大きくともギャップが生じず、意図通りにロボットが動く様子を見ることで強い一体感が生じたと考えられる。
■今後の展開
アンドロイドとの一体感の向上とBMIによる操作性能との間には、相関があることから、一体感を向上させることでBMIの操作性能をより向上させるなど、人の脳の制御性を高められる可能性がある。この脳の制御性の向上は、アンドロイドに限らず、多様な機器の遠隔操作で効果があると考えられる。将来、よりロボットの体を自由に操作できるインターフェースを実現できれば、映画のようにロボットを自分の分身として使う世界が実現される可能性もある。
また高齢になり、老化の作用で体が思うように動かないといった心身にギャップのある状態においても、BMIで思い通りの動作ができることで脳の活性化・健康維持に寄与するといった応用も考えられる。今後、アンドロイドからのフィードバックの性質と、これを効果的に強化する手法の探索をさらに進めることで、脳の制御性を高める手法の開発と応用に向けた研究を進めていくとしている。