新規事業を阻む“壁”とその乗り越え方
福田譲氏(以下、福田):最初に、新規事業を続ける中で乗り越えた“壁”についてお伺いしたいと思います。まずは市橋さん、NTT西日本の取り組みとその中で感じた“壁”についてお聞かせください。
市橋直樹氏(以下、市橋):NTT西日本が運営する大阪・京橋のオープンイノベーション施設「QUINTBRIDGE」は、1階と2階を会員向けの共創スペース、3階をオフィススペースとしており、私が組織長を務めるQUINTBRIDGE運営を含む新規事業部署やスタートアップ10社、VCなどが入居しています。開業から約3年で、個人の会員数は2.5万人、法人・自治体・大学など2,000組織が参加し、年間400回以上のセミナーやワークショップが開催されています。毎日300名以上の方々がいらっしゃり、これまでに115件の共創実績が生まれ、NTT西日本としても4つの新しいサービスを市場にリリースできました。
事業における壁の1つは、周囲からの「オープンイノベーションは上手くいくのか?」「NTT西にとっての事業貢献は?」というプレッシャーでした。

それに対して私たちが取り組んだのは大きく2点。1点目は、いきなりビジネス創出からスタートするのではなく、QUINTIBRIDGE会員の中の貢献意欲が高い、私たちが「ギバー」と呼んでいる方々との関係性構築です。京都大学の哲学者である出口康夫先生が提唱する「Self-as-We(われわれとしての自己)」という哲学をメンバー間で共有しました。これを私たちは「『私の挑戦』を『私たちの挑戦』に変える」と解釈し、主語を「私」ではなく「私たち」と捉えることを浸透させるようにしました。
2点目として、社内幹部層から理解と支持を継続的に得るために、QUINTBRIDGEから生まれている価値を財務と非財務の両面で数値化して経営会議などで報告していったことです。QUINTBRIDGE発で商用化されたサービスからの売上に加えて、たとえば「2.5万人の人々がQUINTBRIDGEで活動し、SNSなどで語ってくれている」というブランド変革やマーケティングの効果、そして社員がこのプログラムに参加することで得られる研修効果などを数値化しバーチャル収支として示したのです。
福田:山下さんは、新規事業に取り組む中で、どのような壁にぶつかりましたか?
山下昌哉氏(以下、山下):旭化成で40年以上勤務しましたが、入社以来ずっと新規事業の分野だけを専門としてきました。私の場合、壁はありましたが、それを真正面から乗り越えるのではなく、「避けて通る」ことを徹底しました。新規事業では「ステージゲート」という言葉がよく使われますが、これはバブル崩壊後に無駄なテーマを整理するために導入され、定着したものです。しかし、いつの間にかテーマがないのにステージゲートだけが生き残っている状況になっていました。私は、それをまともに通るのではなく、目的を達成するために避けて通るやり方を選びました。新規事業創出における“常識”も、時には賞味期限が切れているものがあるという視点を持つことが大切です。

福田:壁を避けるという発想はおもしろいですね。池田さん、経済産業省というお役所には多くの壁がありそうですが、いかがでしょうか。
池田陽子氏(以下、池田):様々な壁がありますが、特に規制や法律の壁をどう乗り越えるかという点で、政府が提供する支援制度をご紹介します。AIやブロックチェーンなどの新しい技術を使ったビジネスアイデアが生まれても、法律に阻まれて社会実装を諦めてしまうケースが多々ありました。そこで政府は「規制のサンドボックス制度」を創設しました。
サンドボックスとは「砂場」を意味し、子どもが砂場で自由に遊ぶように、既存の法律の影響を受けずに実験ができる制度です。この制度を使って新しいビジネスアイデアを試し、事業化につなげられます。法律が障壁となっているなら、規制改革につなげることも可能で、実際に法改正に至った事例も出ています。この制度は、従来「法律は国が作り、国民は従うもの」というイメージが強かった日本において、「自らルールを変え、なければ作る」という「ルールフォロワー」から「ルールメーカー」への転換を促し、官民共創でイノベーションを実現していくことを目指しています。