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すでに成功した企業であることがイノベーションのアキレス腱、好業績のときに変化できる組織になるには?

 企業の持続的な成長にはイノベーションが欠かせないが、それはビジネスの世界は刻一刻と変化し続けているからだ。しかし、現在成功を収めている企業ほどそれが自社には関係ないと否定してしまう──『イノベーションの攻略書』(翔泳社)ではそう指摘されている。では、既存企業が危機的状況やカリスマを待たずともイノベーションを起こし続けるにはどんな考え方が必要なのか。同書から抜粋して紹介する。

[公開日]

[編] 渡部 拓也

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本記事は『イノベーションの攻略書 ビジネスモデルを創出する組織とスキルのつくり方』の「Introduction イノベーションのパラドックス」からの抜粋です。掲載にあたり、一部を編集しています。

イノベーションのパラドックス

2015年、マイクロソフトはいくつかの新製品を発表し、いくらか輝きを取り戻した。しかし、その年の初めに同社は四半期としては過去最大となる大赤字を計上していた。その主な要因は過去に買収したノキアの携帯端末部門の資産評価額切り下げに伴う75億ドルの損失計上である。そして、マイクロソフトのスマートフォン事業での苦戦が目に見える形で現れたのがこの損失であるというのが世間の見立てだ。

買収以前のノキア自身の苦闘の物語もまた、企業内イノベーションにおける強烈な反面教師である。どうやら大きな成功を成し遂げた企業は過去の成功にとらわれ、事業を革新する能力に支障をきたすことが多いようだ。

 私たちの生きている現代社会にはイノベーションが必須である。私たちの周りの世界が変化していることは誰も否定できない。技術とソフトウェアによってビジネスの形は変わったが、ますます劇的な方向に形を変え続けている。

 このような変化が自社の事業に与える影響を見過ごすことは、企業のリーダーにはあってはならないことだ。頭を地面に突っ込んで嵐をやり過ごそうという選択肢はない。企業のリーダーにとって変化への対応は必須である。イノベーションはもはや余興では済まされない。これこそが21世紀の事業経営のあり方であり、持続的な成長の重要な原動力なのだ。

 変化への対応自体は新しい課題ではない。経済学者のジョセフ・シュンペーターは1942年時点ですでに、革新的な新技術や起業という形で、新しい血を注入して経済を活性化させるプロセスとして「創造的破壊」を提唱している。私たちの時代の驚異的な点は、社会動向、経済要因、技術が変化する速度の急激さだ。企業の平均寿命はどんどん短くなっている(図0-1)。

図0-1 企業の平均寿命
図0-1 企業の平均寿命
出典:リチャード・フォスター、サラ・カプラン著/柏木亮二訳『創造的破壊』(2002年、翔泳社)

 2027年までには年間75%の脱落率というペースで、S&P500指数の全企業が総入れ替えになると予想されている。一方で同時に、マイクロソフト、イーベイ、グーグル、アマゾン、フェイスブック、ツイッター、ドロップボックス、ウーバー、エアビーアンドビーといった新興企業が10億ドル企業に急成長する姿を私たちは見てきた(図0-2)。これらの企業は、新たな技術にけん引される形で、既存の業界やビジネスモデルを変革したのだ。

図0-2 創業から時価総額が10億ドルに達するまで
図0-2 創業から時価総額が10億ドルに達するまで
出典:Deloitte Canada(2014) Age of Disruption: Are Canadian firms prepared?

「変わらない」ことの恐ろしさ

 対照的に、従来型の老舗企業は苦戦しているように見える。すでに成功した企業であることが、イノベーションにおけるアキレス腱になる可能性があるようだ。2007年にスティーブ・ジョブズがマックワールドで初代のiPhoneを発表したとき、当時マイクロソフトのCEOだったスティーブ・バルマーはほとんど気にしていなかった。彼はあざ笑ってこういったのだ。

「iPhoneが大きな市場シェアを獲得する見込みはない。可能性ゼロだ!」

 時間を早送りして2014年、CBSのニュースキャスターのチャーリー・ローズとのインタビューにおいて、スティーブ・バルマーはマイクロソフトのCEOを務めていたときの最大の失敗の1つが、携帯電話のハードウェア事業に早期参入しなかったことだと認めた。参入が遅れた理由をチャーリー・ローズが尋ねたところ、バルマーは次のように語った。

「私たちは世界に冠たる『マイクロソフト』であり……ソフトウェア集団としてうまく機能していた……だから私たちは、ハードウェアに宗旨変えできなかった」

 また、ノキアも従来の携帯電話からスマートフォンへの事業転換という難題の渦中にあった。一時は同社が世界最大の携帯電話メーカーとして、世界市場において50%以上のシェアを占めていた。しかしノキアはスマートフォン市場で惨敗し、マイクロソフトが2013年に同社の携帯電話部門を買収したときには、スマートフォン市場でのシェアはたったの3%だった。ノキア前CEOのオリペッカ・カラスブオは、仏ビジネススクールのINSEADとのインタビューで無遠慮に質問され、次のように認めた。

「成功している大会社にいると切迫感や飢餓感を抱くのが難しい。しかし守り一辺倒では企業は立ち行かない。自社が高い市場シェアを持ち、市場ナンバー1の企業だとしても、守りに入り始めたら維持できないのだ」

 スマートフォンの出現に対するノキアの対応のまずさと、マイクロソフトの歴史的な規模の四半期純損失との間には密接な関連がある(訳注:2019年8月現在、ノキアはスマートフォン市場に再参入し、復権しつつある)。しかしこの2社以外にも、スマートフォンが市場破壊を引き起こす可能性を過小評価していた会社があった。ガーミンCEOのミン・カオも同様に誤った判断を下していたのだ。

 彼は、2003年夏の「フォーブス」誌のインタビューで、携帯電話事業は関わる価値のない低付加価値事業であり、見切りをつけたと語っていた。しかしながらスマートフォンがより高性能かつ高機能になったため、結局ガーミンは自社のビジネスモデルをスマートフォンに適応せざるを得なくなった。いまやガーミンがiPhoneやAndroid用のアプリを開発しているという事実は、なんとも皮肉な話である。

 実際問題として、現在成功を収めていることが、かえって自社に不都合をもたらしうる。成功している企業の幹部たちは「気候変動の否定派」といえるような行動を取る可能性が高いからだ。具体的には、ビジネスの世界で起きつつある変化を認識しても、自社との関連性を否定するのだ。特に気候がよいとき、すなわち業績のよいときに、こういった幹部の否定に対処するのは非常に難しい。好業績企業の多くでは、高い売上と利益を稼ぐ「ドル箱事業」の製品群に全社の興味が集中している。

 もし現時点でこれらの製品群から大きな利益を上げているのであれば、その成功がもたらす慢心が盲点を生むかもしれない。短期利益に対する市場の期待に応えるように企業幹部に圧力がかかる上場企業ではなおさらだ。

図0-3 成功企業は危機が迫るまで環境の変化に目をつぶりがち
図0-3 成功企業は危機が迫るまで環境の変化に目をつぶりがち

 カリスマ的なリーダーもしくは危機的状況、このいずれかがなければ既存企業は変化できない、とノキアの前CEOは語った。この言葉に敬意を表しつつも、私たちは同意しかねる。なぜなら、企業が危機に陥ったり、あるいはカリスマ的リーダーが現れる前に手遅れになってしまうことが多いからだ。それより、「創造的破壊に巻き込まれたとしても、嵐を乗り切って『活発にそして有益に』生きようとする企業には常にチャンスがある」というシュンペーターの言葉に私たちは賛同したい。別の言い方をすれば、死は不可避ではない、ということだ。変化に対応できる企業は生き残り、繁栄できるのだ。

スタートアップと大企業の違い

 しかしながら、生き残って繁栄するためには、既存企業は自社の直面する課題を曇りのない目で見極めなければならない。歴史的に企業経営の教育では、長期的な競争優位を見出す方法として戦略に焦点を当てる傾向があった。いったん競争優位を見出したら、優れた財務管理と卓越した業務運営に全精力を注ぎ、競争優位を守り抜くことが経営陣の仕事となる。これとは対照的に、現代の経営学では安定的かつ長期的な競争優位を保つという考え方は誤りとされている。現時点の競争優位から素早く利益を上げたら、次の優位に移行するように企業を運営すべきというのだ。

 これを実行するためには、適切な経営フレームワークを使う必要がある。既存の大企業にスタートアップと同じように行動せよ、と勧めるのではあまりにも単純すぎる。大企業はスタートアップではないし、そうなるための努力をすべきでもない。すでに成功して利益を上げている事業を運営することが自分たちの日常業務であるのだから、スタートアップのように行動することを期待されても非現実的だ、という不満の声を、私たちが関与している既存企業のほとんどで耳にする。

 スタートアップは通常、古いビジネスのしがらみなしに1つのアイデアに集中できる。一方で既存企業は、日々の成果のために十分に注力しつつ、同時に将来の生存力を担保するための「探索」にも十分なエネルギーを注がなければならない、という永遠の課題にいつも直面してきた。

 起業家がロックスター並みに有名になっても、スタートアップが必ず成功するわけではない。3年あるいはそれ以上の期間で見ると、スタートアップの10社中9社は失敗する。さらに成功した起業家のうち90%以上は、当初の計画とは異なる事業で成功している。最初からうまくいく起業家はほとんどおらず、成功に向けて繰り返し方向転換をしなければならない。

 リーン・スタートアップが普及したのは、スタートアップの失敗があまりに多く、失敗を防ぎたいという切実なニーズがあったためである。スタートアップとは壁を派手な色に塗り変え、ふせんをペタペタ貼り、大きなクッションを買い、サッカーゲームのテーブルをオフィスに置くことではない、というのがリーン・スタートアップの明確なメッセージだ。起業家精神の本質は経営なのである。そしてイノベーションにも同じことがいえる。

『アントレプレナーの教科書』(2016年、翔泳社)の著者であるスティーブ・ブランクが「スタートアップと大企業の主な違いは『探索』と『実行』にある」、として両者を区別したことは21世紀の優れた経営的洞察の1つである。スタートアップは企業の成長過程における一時的な組織形態であり、その目的は持続可能で収益性の高いビジネスモデルを探索することだ。その一方で既存の大企業は主に、既知の市場セグメントの、既知のニーズを満たす、既知のビジネスモデルを実行する。

 この区別は、スタートアップが自分たちはまだ成長途上なのか、あるいは成熟した大人の企業になったのかを判断するための大いなる道しるべとなる。しかし、すでに成長を遂げた既存企業があらためてイノベーションを成功させるには、実行と探索を同時に行う方法を考え出さなければならない。企業内イノベーションとは、二面作戦を余儀なくされる戦いなのだ。

図0-4 探索と実行を同時に行う
図0-4 探索と実行を同時に行う

 したがって、大企業は自分たちが単一のビジネスモデルを持つ一枚岩の組織であると考えるのをやめる必要がある。その代わりに、大企業は自社の各事業に対してエコシステムの考え方を適用すべきだ。すべての現代企業は、立ち上げ済みのドル箱事業の遂行と、新たに収益を生む新規事業開発とのバランスを保つ必要がある。具体的には自社のイノベーション・ポートフォリオと、ポートフォリオ内の各事業案を適切に管理しなければならない。すなわち事業案がイノベーションの行程のどこにあるかに応じて、適切な手法で管理しなければいけないのだ。

 新事業を創造するための管理手法は、すでに成功している事業を管理する手法とは異なる。既知のビジネスモデルの実行においては、ほとんどのケースでコスト最適化と運用効率の最大化を念頭に、従来型の会計手法で管理できる。そして、伝統的な指標である利益、投資収益率(ROI)、年間経常収益(ARR)、正味現在価値(NPV)などで成功しているかどうかを測定可能だ。

 対照的に新たなビジネスモデルの探索は、デザイン思考、顧客開発、仮説検証といったスタートアップの方法論で管理しなければならない。その成功は、イノベーション・チームがいかに収益性の高いビジネスモデルを探索できたかで測定する(イノベーションKPI、第5章参照)。 事業を遂行しつつ探索する能力は、「両利き組織」の特徴である。それはスティーブ・ジョブズがかつていったような、海軍か海賊かの単純な選択ではない。既存の企業は、彼らのイノベーターが海軍でありながら海賊になるためのプロセスを開発しなければならない。これこそが、イノベーションのパラドックスなのだ。

図0-5 海軍か海賊かではない、海軍で海賊なのだ
図0-5 海軍か海賊かではない、海軍で海賊なのだ

『イノベーションの攻略書』とはどんな本か?

 本書のテーマは、次のようなイノベーションのパラドックスの根底にある疑問に答えることである。

  • 企業がイノベーション・エコシステムを構築するための原則は何か。
  • 既存企業の組織や制度が既存のビジネスモデルを実行するように設計されている場合、同じ組織内でスタートアップをどのように推進すればよいのか。
  • 戦略の役割とは何か。そして企業がイノベーションの投資方針を策定し、活用するための方法はあるか。
  • イノベーションのポートフォリオ管理に使用する最適なフレームワークは何か。
  • ベンチャーキャピタルがスタートアップへの投資を管理するのと似た方法で、大企業がイノベーション投資を管理するための方法とは。
  • 異なる種類のイノベーションを管理するために適切な測定基準とKPI(主要業績評価指標)は何か。
  • リーン・スタートアップ、ビジネスモデル設計、顧客開発、デザイン思考などの最新のスタートアップ手法を活用するために大企業がすべきことは何か。
  • すぐにイノベーション・エコシステムの構築を始めるために企業がすべきことは何か。

 イノベーション・プロセスは複雑である。本書では、企業がイノベーション・プロセスの複雑さを管理し、そのメリットを享受するための原則、方法、ツールを提供する。以降の各章で、企業におけるイノベーションの原則と実践に焦点を当て、これらを組み合わせる方法をフレームワークや事例をもとに解説する。本書は2部構成になっており、パート1では、既存企業がイノベーション・エコシステムを構築するための5つの原則を解説する。パート2では、イノベーションの実践を通して、これらのエコシステムをどのように活用するかに焦点を当てる。

この本はあなたの役に立つか?

 本書は、既存企業におけるイノベーション開発、管理、維持に関する書籍である。主な対象は大企業や中堅企業だが、本書の洞察は小規模企業やスタートアップにも役立つはずだ。以下のいずれかに該当する人にとって、本書は必読である。

  • イノベーションを通して自社の成長を促進させたい企業の役員。
  • 最新のスタートアップ手法を活用したいと思っているが、どこからスタートし、どうやればよいかわからない既存企業の社内起業家、イノベーション・マネージャー、事業責任者、または社員。
  • 既存企業のイノベーションを支援する経営コンサルタント。
  • より大きな挑戦のため、自分のキャリアを起業に「方向転換」しようとしているが、起業後の世界で直面する課題と対処方法がわからない人。
  • リーン・イノベーションと顧客開発の熱心な愛好家、またはその実践者であり、これらの方法論を大企業および中堅企業に導入する方法を学びたい人。

 本書を通じて、企業経営者と社員に、既存企業でイノベーションを管理するために必要な知識とツールを提供することが私たちの狙いである。

イノベーションの攻略書

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イノベーションの攻略書
ビジネスモデルを創出する組織とスキルのつくり方

著者:Tendayi Viki、Dan Toma、Esther Gons
翻訳:渡邊哲、田中陽介、荻谷澄人
発売日:2019年11月6日(水)
価格:2,400円+税

本書では「イノベーション・エコシステム」を築くために、組織を変える「5つの原則」と、現場を変える「4つの実践」をフレームワークや事例をもとに、ビジュアル要素もふんだんに使って解説します。

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