企業変革に対する解像度を上げたい
みなさんこんにちは。4月からBiz/Zine編集部に所属している渡辺です。以前はマーケティング専門メディア「MarkeZine(マーケジン)」でエディターを務めていました。三度の飯とコーヒーが好きです。

Biz/Zine一年生として書評を書くにあたり、選んだ一冊が『企業変革のジレンマ 「構造的無能化」はなぜ起きるのか』です。企業においてビジネスを創出・変革していく事業開発者のためのメディアであるBiz/Zine。本書を通して推進者が直面するジレンマを知れば、漠とした“企業変革”に対する解像度が上がり、読者視点を養えると考えました。
本書を既に読んだ方は多いと推察しますが、人事異動の季節を経て私のように立場が変わった方もいると仮定し、改めて本書の概要を紹介しましょう。著者の宇田川元一氏は、経営戦略論や組織論を専門とする経営学者です。本書の前半では、企業変革において生じる問題を明らかにするとともに、その原因を追究します。中盤では問題を乗り越える鍵として「対話」を掲げ、後半ではコーポレート部門(経営企画、人事、総務、法務、知財など)の観点から、企業変革を推進するために必要な支援を説く構成です。
長期的な変革 VS 短期的な成果
私がまずハッとさせられたのは「企業変革はV字回復に非ず」とする著者の指摘です。「変革」と聞くと、頭の切れるリーダーが戦略や組織をドラスティックに変える様子を想像してしまいます。しかし本書では「多くの企業が直面しているのは、明確な経営危機というよりも不明確な状況」とした上で、企業変革を次のように定義しているのです。
本書で述べる企業変革とは、そうした状況に陥らないように、機能不全に陥っている様々な組織の機能や考える能力、実行能力を回復させていこうとするものである。(p.63)
つまり本書が扱う企業変革は、根治が難しい慢性疾患のケアで寛解を目指すような試みと言えます。原因が明確な傷病を全快に向けて治療する場合よりも、ゴールが見えにくい上に既存の解決策が通用しないため「どこから手を着ければ良いか」「そもそも何が問題なのか」を探るところから始めなければなりません。
長期的な変革の必要性は想像に難くない一方、企業で働く一人ひとりに短期的な成果が求められているのも事実です。たとえば、あるメンバーが変革に資する新規事業のアイデアを着想しても、その事業が目先の利益につながらなければ「良いアイデア」とは見なされず、メンバーはチャレンジと自身のキャリアアップの間で葛藤することになります。これこそが、本書の表題でもある企業変革のジレンマです。
わからなさと向き合うことが第一歩
このジレンマは、私が取材していたマーケティングの現場でも生じていたように思います。長期的な成長のためには、ブランドメッセージの発信や顧客エンゲージメントの向上が欠かせません。しかしながら、それらの価値が社内で十分に理解されず、獲得系の広告キャンペーンで目先のユーザー数や売上を増やすことがマーケターの仕事になっているのです。成果がわかりやすく評価にもつながりやすいため、担当者自身もそちらに注力してしまいます。
このようなジレンマは、個人の意思の弱さや能力の低さに依るものなのでしょうか? 著者はその説を否定し、要因は“構造的無能化”にあると述べます。事業の最適化にともなう組織のサイロ化が、組織の環境適応力を低減し、問題の本質を見失わせていると言うのです。脱却するための方法は、本書の102ページ以降で詳しく解説されています。
本書では、企業変革の壁を「わからない」「進まない」「変わらない」の三つに分けて論じています。私たちはつい、変わらないことに目を向けがちですが、まずはわからなさと向き合うことが肝要なのだと本書を読んで感じました。「変革には合理性がなく、常にリスクがつきまとう」とは著者の言葉です。非合理でも進むよう言葉を尽くして諭す、そんな一冊だと私は感じました。