量子コンピュータで実現が見込める“3つの可能性”
初めに、ポインティング氏は超伝導体の実験映像を例に挙げて量子コンピュータの可能性を語った。液体窒素に浸した超伝導体を磁気レールに載せると、超伝導体はレール上を浮きながら進んでいく。このテクノロジーは空中浮上式の省エネ列車、エネルギー貯蔵や電線など様々な事柄に応用できる。
ところが、超伝導体は-181℃まで冷却しなければいけないという実用化を阻む問題がある。超伝導体の原子の挙動が解明され、冷却不要な超伝導体が開発されれば室温や室圧でも使えようになるが、残念ながら世界最高のコンピュータの計算力ですらその解明には及ばない。その解明の可能性を持っているのが量子コンピュータだとポインティング氏は話す。
量子コンピュータを用いると何が可能になるのだろうか。ポインティング氏は3つの可能性を紹介した。
1つ目は「検索と因数分解」だ。量子コンピュータで非構造化検索の高速化が可能になることは既にグローバーという研究者がアルゴリズムを発明して証明した。たとえば、中の様子が見えない袋に白いボール3つと紫のボール1つを入れ、袋を閉じてシャッフルする。この中から紫のボールを探す場合、通常のコンピュータ(以下、古典コンピュータ)では、1個ずつボールを取り出して解を導く必要がある。これは紫が最後まで出ない可能性があるためだ。一方、量子コンピュータの場合、必ず1回目で当てることができるという。
次に因数分解について見ていこう。たとえば「乗算すると15になる2つの数字を見つける」という問いの答えは5と3になる。これは至って簡単な計算処理だ。では、これが617桁の数字ならどうか。617桁の積を得られる2つの数字を見つける処理は古典コンピュータでは難しく、最高のアルゴリズムでも最大10億年かかるという。一方、理想的な量子コンピュータであれば、わずか100秒と予想されている。これは既にMITのピータ・ショア教授がアルゴリズムを発明し、実現可能であると証明済みだ。
しかしながら、この能力は重大な問題を秘めている。2つの数字を高速で見つけられるということは、同時にデータの複合化が可能であることを意味し、今まで暗号化によって守られてきたクレジットカードや銀行口座などの機密情報が危機に晒されることになる。現時点ではこれほどの処理が可能な量子コンピュータは存在しないが、数年後には実現が予想されている。量子コンピュータに対抗できるポスト量子暗号の分野では新たな方式が模索され、既にいくつか発明されているという。
また「Store now decrypt later」のリスクもある。現時点の暗号化データが保存され、それを解ける量子コンピュータが完成したら複合化されてしまうという危険だ。そのため、早急に問題に取り組む必要があるとポインティング氏は警鐘を鳴らす。
続いて、量子コンピュータの2つ目の可能性は「自然の解明」だ。この世界のあらゆるものは原子で構成され、量子物理学の法則に従っている。そのため、当然量子系である量子コンピュータの使用が実現すれば、実に様々な応用が可能となる。
たとえば、ワクチン開発には時間を要するが、量子コンピュータで分子のシミュレーションが加速できれば、開発期間を短縮できるかもしれない。その他の医薬品や材料科学の分野でも新たな開発に役立つだろう。
量子コンピュータの3つ目の可能性は「AIと機械学習」だ。コンピュータの目覚ましい発展とともにAIも進歩してきたが、量子コンピュータもAIの進歩に貢献する可能性を持っている。また、量子機械学習という分野が存在し、基本が大量のベクトルと行列であるという点において量子コンピューティングと近似していて、この2つをマッピングできるという。
「AIに宇宙、物流や金融などの業界で、今は解決できない問題が量子コンピュータで解決されれば、世界が変わるかもしれません」とポインティング氏は語る。