ITメジャーとの連携でベンチャーが加速する
日本のベンチャー市場は活発になってきた。しかし最近では、IPOの後で事業の脆弱さを露呈する企業や、「上場ゴール」と呼ばれるIPOを自己目的化するベンチャーへの失望感が出てきているのも事実である。
シリコンバレーや、イスラエルなどで見られるような、先進的なテクノロジーで、社会そのものにインパクトを与えるベンチャーを日本で出現させるためには、これまでとは違う何らかの条件が求められる。
日本でもベンチャー支援をおこなうVCの環境は整ってきた。しかし、日本でのベンチャー支援を行うVCの多くが、大手金融機関の関連や投資会社が多く、シリコンバレーのようなテクノロジーへの評価や支援が弱いという面があるだろう。スタートアップが可能性として持っているアイデアを、ブラッシュアップさせる存在が必要だ。シリコンバレーのYコンビネーターなどのアクセラレーターや、すぐれたテクノロジーを持つ大企業との連携は、こうした状況を突破する可能性を持っている。
IBM BlueHubの支援するベンチャーとは
そんな中、日本IBMが行っている「IBM BlueHub(ブルーハブ)」というスタートアップ支援が注目されている。IBM BlueHubは、ベンチャーアクセラレータのサムライインキュベートとの協力の元、2014年の9月からスタートした。以後30数社から4社を選抜し、アーリーステージでの資金調達の支援をおこなうとともに、彼らに対するメンタリング・コーチング、技術環境の提供から提携先紹介などの支援をおこなっている。
第1期の支援企業は以下の5社のスタートアップだ。
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Gene Quest :代表の高橋祥子氏が東京大学大学院からの仲間と立ち上げた、遺伝子情報解析サービスのスタートアップ。パーソナルなゲノム解析サービスとしては、日本初ですでにOEMとしてYahoo Japanなどとも提携している。
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Brand Pit :画像解析技術でソーシャル上の大量な写真から消費者行動を分析し、ブランドやヘルスケアなどの企業にマーテティングデータを提供する。
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テラスマイル(TERRACE MILE) :農家が主体となり経営を把握しサプライチェーンを把握するアプリケーション「TeraScope」を開発し、農業という8兆円市場に挑んでいる。
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セフリ(SEFURI) :電波の届かない場所でも位置情報を認識し、登山などのアウトドアの情報を提供するアプリの「YAMAP」開発。アウトドア用品の商品情報や海外からの旅行者への情報提供をおこなう。
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Link Sports :野球やサッカーなどのスポーツをおこなうチームやメンバーのマネジメントアプリケーションを提供し、スポーツ用品メーカーや大学などと提携している。
これらのスタートアップに共通するのは、それぞれのリーダーが、テクノロジーによって「世の中に何らかの貢献をおこなう」という志があること。そして、独創的な技術やビジネスアイデアを持っていることだ。 またIBMのデータテクノロジーとアナリティクスと掛け合わせることで、技術的にもさらに成長が見込まれる。
この中から、テラスマイルが最優秀賞に選ばれ、5月19日に開催された「IBM XCITE SPRING 2015」の基調講演で、表彰が行われた。
BlueHub第2期がスタート、今年はIoTにもフォーカス
IBM BlueHubの第二期も、サムライインキュベートをパートナーにスタートし、今年も5社の支援企業を7月までに選出する予定だ。 第1期からのパートナーであるサムライインキュベートやツクルバに加えて、経済産業省、サイバーエージェント・クラウドファンディングが運営するクラウドファンディング・プラットフォーム「Makuake(マクアケ)」でのプロジェクト支援を予定している。
第二期の発表にあたり、日本IBM理事のキャサリン・ソラッゾ氏は、「今年はIoTなどの革新的なテクノロジーを持つ企業に注目していく。経産省、Co-baの新たなパートナーの他にも、IBMと一緒に投資をおこなうインベストメントパートナーとも協議中で近く発表の予定。」だと語る。 選出企業に対しては、IBMの「BlueMix」や「SoftLayer」といったクラウド製品群が提供される。 また、サムライインキュベートの榊原氏は、「第一期の福岡出身のセフリのように、地方から世界に進出する企業が出てきたのは嬉しい。現在のIoTからさらに進んだ先に、ファイナンシャルやサイバーセキュリティ、脳科学までの世界がある。こうしたテクノロジーに挑戦する企業にプレシードの段階から出資して、将来のIPOにつなげたい」と語った。
アベノミクス「第三の矢」成功の鍵はスタートアップ
IBMがこのようにスタートアップ支援に本腰で取り組む理由は、もちろん同社のクラウドやアナリティクスなどのテクノロジーを、日本のベンチャー市場に根付かせたいという目的があるからだ。スタートアップにとってクラウドは、今や当たり前の手段だが、AWS(アマゾン・ウェブ・サービス)が一般的で、IBM製品は大手企業向けで高価というイメージがある。しかしIBMとしては近年買収したSoftLayerなどのクラウドテクノロジーをベンチャー市場にも浸透させたいという思いはあるだろう。ただ本来的な目的はそれだけではないと言える。
ひとつは、日本IBMとして日本政府の政策と連携をとるということだ。 4月に開催されたBlue MixのDemo Dayで経済産業省の石井芳明氏は、以下のように語った。
「アベノミクス第三の矢が目指すのは、産業の新陳代謝とベンチャーの加速による新しい雇用とイノベーション。世界の大企業であるIBMが日本のスタートアップを応援することは強く支持したい。大企業の信用力と資産とベンチャーが結びつくことの成果を期待している」(経経済産業省 新規産業室新規事業調整官 石井芳明氏)
IBMのキャサリン・ソラッゾ氏は、「IBM自身がスタートアップ企業から学ぶことも多い。顧客としての彼らの声から、テクノロジーの改善していくことも重要」と語る。
日本のスタートアップ企業が、IBMのようなITメジャー企業と連携し、リソースを徹底的に活用し、世界に通用する本格的なテクノロジー企業として羽ばたくことに期待したい。