“ピボット”を繰り返し顧客の声を反映する
市場や顧客の変化を的確に捉え、サービスやソリューションを迅速に提供する。企業にとって死活問題とも言える大きな課題だ。そんな中、ビジネスモデルを可視化するメソッド「ビジネスモデル・ジェネレーション(BMG)」が注目され、その手法をまとめた著書は世界的なベストセラーにもなった。
その中でコアとなるツール「ビジネスモデル・キャンバス」について、今津氏はその価値について次のように解説する。
1枚のシート内でビジネスを可視化し、俯瞰して見ることができ、自分だけでなく、プロジェクトチームや異なる分野や部門の関係者と共有する言語となります。そしてシート上でブラッシュアップを重ね、ビジネスを推進したり、見直したりする際の指針となりま。
しかし、一度書いて完成させたら共有してオシマイ…というわけではない。何度も書いては客観的に俯瞰して見直し、他者の評価も受けながら書き直す。いわば“トランプの打ち手”のように顧客や市場の出方を見ながら、何手か先を意識しつつ改善していくことが大切だ。それは“イノベーション”というより、もっと小さく軽やかなバスケットボールの“ピボット”に似ている。
大きな挑戦で大きな失敗をする前に、小さな挑戦と小さな失敗を繰り返し、ピボットすることでより迅速に顧客の声に対応することが大事です。IT分野でのアジャイル開発のように、荒削りでも早めにプロトタイプを出し、顧客の声を反映させて改善する。ビジネスモデルについても同じことが言えます。
もちろん精度は高い方が望ましいが、時間と手のかけ過ぎは迅速性を損ねると同時に、アイディアや企画に心理的に執着してしまう危険性がある。また、変化の激しい中で過去のデータや経験に固執するより、新しいアイディアを世に問う方が効果的というわけだ。今津氏は「前回の成功が次回の成功を約束しない、そんな時代であることを認識すべき」と語る。
今津氏によると、日本におけるBMGは急速に注目され、ベンチャービジネスより、むしろ閉塞感を打開したいと考える大企業、そして実践に力を入れる教育機関などで導入が進んでいるという。しかも、実際に開発を行うエンジニア、顧客をよく知る営業担当者など、「現場」における関心度が高まっている。いいものを作れば、いいインタフェイスなら、という発想から転じて、裏側のビジネスモデルの重要性に気づき、"顧客"のニーズを考えたサービスやソリューションを本当の意味で提供できているのか?という問いに真摯に向き合い始めたと推測される。
小さく軽く、ビジネスモデルのプロトタイプを考え、協力者と共有していくために、「ビジネスモデル・キャンバス」をどのように使うのか。
流れで考えればすぐに描ける!「ビジネスモデル・キャンバス」
BMGの「ビジネスモデル・キャンバス」は組織活動を9つのフィールドに分類し、それぞれの関係性がどうなっているかを表現している。右半分は顧客を中心としたフロントであり収入が得られる活動、そして、左半分はバックオフィスとしてコストのかかる部分というわけだ。
しかし、いったいどこから書き始めればいいのか。今津氏は「顧客セグメント(Customer Segments)と顧客にもたらす価値(Value Propositions )が一番の軸となる」という。
想定される様々な顧客像を書き、優先順位でナンバリングすることからはじめましょう。そして、各顧客に対して与える価値に対応させることで考えていくと理解しやすくなります。そして、その価値が適切な「チャネル(Channels)を通じて顧客に提供され、顧客との良好な関係(Customer Relationships)が構築されることで、適正な「収入(Revenue)」の流れが期待できます。
次に、左側のバックオフィスを考えてみよう。まず価値を提供するための主なリソース(Key Resources)は一般的に「人・物・金・知財」と言われる部分であり、できるだけ特徴となる要素を書くことを意識する。そして主な活動(Key Activities)は価値を提供するための“直接的な活動”であり、キーリソースを生み出すための活動でもある。たとえば、リソースとして「顧客データベース」が必要だとしたら、アクティビティで「セミナーを開催して参加者を募る」を行ってもいいわけだ。ここは唯一自発的に作り込める部分であり、その価値を今津氏は次のように説明する。
キーアクティビティは、今は持っていないキーリソースを生み出す活動であると同時に、経験値という組織の財産です。例えば、営業活動やサービス提供の実体験などを事例集やテンプレートにまとめれば、リソースとして認識されるでしょう。つまり、属人的なものを資産化することが大切です。初めたばかりの頃はリソースは十分に満たされていないでしょう。そこでアクティビティで担保しながら、リソースを増やし、少しずつキャンバスを改善していくことが重要です。
そして、自分たちで補完できないことを担ってもらう存在として「キーパートナー(Key Partners)」を入れる。この際、「代替できない重要なパートナー」を意識し、固有名詞で書き込むことが大切だ。というのも、それが自社の強みになると同時に、リスクにもなる可能性があるからだ。
こうして両サイドを埋め、右半分の収入が左半分のコストを上回ったとき、ビジネスモデルとして成功したということになる。
バリュー・プロポジション・デザインの注意点
「ビジネスモデル・キャンバス」の中で、最も重要な柱である『顧客セグメント(Customer Segments)』と『顧客にもたらす価値(Value Propositions)』にフォーカスして、しっかりと見直そうというのが、「バリュー・プロポジション・デザイン」だ。
『顧客』について最も起きやすいミスは、顧客とエンドユーザーを取り違えることです。たとえば、介護サービスを利用するエンドユーザーは高齢者でも、そのサービスを選定する顧客はその家族であることが多いです。しかし、どうしてもエンドユーザーである高齢者にフォーカスして、その機能スペックに注目しがちになります。
つまり、これまで重視されていた、流通や販売チャネルなど「どうやって売るか」という「セリングプロセス」より、むしろ「どうやって買っているのか」という「バイイングプロセス」を観察し、理解することが必要になっているというわけだ。
たとえば、オンラインショップで決済時に主要なカードが対応していない、面倒な個人情報を入れるように要求するなどが障壁となって、購入を見合わせてしまうことがある。これこそ「ものがいいから売れるはず」と考え、「購買プロセス」を無視した典型といえるだろう。
『購買プロセス』は、よりBtoBで重視される傾向にあります。購買担当者にとって、製品の機能や性能以上に『市場で普及して買いやすいか』『購買理由を社内に説明できるか』といった“購買しやすさ”が重要であることが多いのです。ですから、リソースが限られている中で、機能改善よりもここに注目して、顧客の課題を解決したほうが効果的である可能性が高いです。
「顧客自体が誰で何を求めているか」を捉えることが、価値提案以上に全てのチャネルにおいて大きく影響することは間違いない。顧客の見極めを誤ると、その後の考察・作業が全て無駄になる可能性もあるというわけだ。
これに留意した上で、セミナーでは「スターバックス」を例にとり、サービスの価値提案に呼応する顧客を見いだし、さらに顧客のプライオリティを決定。その上でさらなる価値(Gain)と課題(Pain)を見極める作業を行った。
それぞれ想定する顧客像が一致していないと、価値についての議論もかみ合いません。そこで「この顧客!」と明確化し、全員が同じイメージをもって議論できるようにします。たとえば、典型的な顧客セグメントにフォーカスして考えることで、集中して考えることが可能になり、迅速にプロトタイプまで至ることができます。
セミナーレポートダウンロードのご案内
本記事の続きとなる講演内容は、このイベントの協賛企業である日立製作所の下記のページよりダウンロードいただけます。日立ID会員サービス、Hitachi IT Platform Magazineメールに登録する必要があります。
日立製作所:IT Platform Magazine ダウンロードページ