大企業での「机上の空論型」やスタートアップでの「木を見て森を見ず型」
次に、西谷氏はVDSの具体的な適用方法について解説する。新規事業開発におけるサービスコンセプトのゴールは、n1顧客が見つかり、その顧客が確実にサービスを利用するという確信を得ることと、セグメント全体で事業が成立するという確証を得ることだ。しかし、実際にはどちらか一方に偏るケースが多いと指摘する。
大企業は「机上の空論」に陥りやすく、マクロな視点は持ち合わせているものの、具体的な顧客像が不明確で、感覚的な判断ができないため、ずれに気づけないことが多い。一方、スタートアップは「木を見て森を見ず」に陥りがちで、顧客像は明確であるものの、その市場規模が十分でないことが多いという。
西谷氏は、自分やチームがどちらの視点に偏っているかをまず自覚し、足りない視点を補完していくことが重要だと指摘する。
「机上の空論型」に偏っている場合、顧客像を明確にするために、ユーザーインタビューや行動観察などの定性調査を行うことが求められる。特にBtoB向けのサービスでは、購買決定者と利用者が別れている点を考慮し、抜けている登場人物や視点がないか確認することが重要だ。
一方、「木を見て森を見ず型」に陥っている場合、マクロな視点で現在のn1顧客が属する集団や市場規模を再考する必要がある。定量調査を通じて事業ポテンシャルを算出し、収益レベルが不十分であれば、他のセグメントを検討することが求められる。
代替品だけでなく、時間やお金の面での競合も視野に入れる
次に考えるべきは、サービスが「勝てるか」「実現できるか」だ。クライアントに競合について尋ねると、「競合はいません」と返事を受けることがあるが、実際にはどのような市場にも何かしらの競合が存在すると同氏は語る。直接的な代替品だけでなく、ユーザーの時間やお金の使い方における競合も視野に入れる必要があるのだ。
具体例として、西谷氏はchocoZAPを挙げる。完全競合としては24時間営業のフィットネスジムが考えられるが、運動不足解消という観点からは、リングフィット アドベンチャーのような運動ゲームも競合になるほか、スポーツウェアやシューズメーカー、あるいは単に「1駅歩く」という選択肢も競合に含まれる。
「フック」と「ロック」による競争優位性の定義
西谷氏は、サービスの競争優位性を「フック」と「ロック」の2つに分けて説明する。「フック」とは、ユーザーがそのサービスを選ぶきっかけを意味し、たとえば速さ、安さ、使いやすさ、ブランドといった要素が含まれる。一方、「ロック」は、ユーザーがそのサービスを使い続ける理由を指し、特にデジタルプロダクトにおいては、他社への移行を防ぐためのロックイン戦略が重要となる。
BTCのどの領域も、「フック」にも「ロック」にもなりうる。重要なのは、どの領域で自社サービスが競争優位性を確立できるかを考えることだ。
例えば、Slackは圧倒的な利便性とカジュアルな世界観などのクリエイティブな要素、Google検索は独自のアルゴリズムという技術の要素、そしてDELLの受注生産はビジネスの要素で優位性を築いた。
競争優位性は持続戦略とつながっている。Slackの例では、サービスが使用されるにつれて蓄積されるデータや、コミュニケーションインフラとしての浸透などが「ロック」としての価値を強化し、ユーザーの離脱を防ぐ。重要なのは、このサイクルを可視化し、確実に回っているかを確認することだと西谷氏は強調する。
もちろん、どの領域で優位性を作るのかを考えればこそ、必要な仕組みが自然と決まってくる。Slackの例では、シンプルで使いやすいUI/UXや、その意地のための専用の組織体制が必要となる。