専門性の提示で崩す「法務への相談ハードル」
株式会社マネーフォワード 法務ガバナンス本部 副本部長 吉田 成希氏(左)
法務部門はしばしば「リスクを指摘される」「手続きが煩雑になる」といったイメージから、事業部門からの相談が遅れがちな部署である。法務が早期に介入できず、契約や事業スキームの不備が土壇場で発覚してプロジェクトが炎上するケースは後を絶たない。未然にトラブルを防ぐためには、事業部からの相談ハードルをいかに下げるかが組織上の最初の関門となる。

社員数50名以下のベンチャー企業で「ひとり法務(企業内でたった1人で全法務領域を担当する体制)」を務める飯田裕子氏。同氏は部門の立ち上げ期について、「若手の頃は『可愛い後輩』と思ってもらうことで『法務は怖くないですよ、頑張っていますよ』という態度を示し、相談のハードルを下げていました」と振り返る。
しかし、キャリアを重ねて中堅となった現在、そうした属人的な愛嬌や頑張りアピールだけでは通用しないと痛感しているという。
「中堅になった今頼ってもらうべき軸は、法務のスキルです。『私がきちんと法務の専門家であり、あなたたちのリスクをヘッジできる能力がある』という専門性に対する信頼の一点で頼ってもらわなければならないと考えています」(飯田氏)
親しみやすさという定性的な距離感から、プロフェッショナルとしての介在価値の提示へシフトすることの重要性を示している。
一方、大手メーカーからメガベンチャーを経て、現在は組織化された法務部門を預かる吉田成希氏は、組織規模が大きい法務ならではの落とし穴について語った。大企業では厳格な決裁ルートやレポートラインが存在することで、当事者意識が足りず、若手時代は法的にどうかだけを気にした「正論」に偏重しがちだったという。
「自分が決定する立場ではなかったからこそ、正論を主張して法務部の人だけ説得できればよいという答えの出し方をしていました。結果として、事業部門にデリバリーした際にギャップが生まれてしまったのです」(吉田氏)
この苦い経験から吉田氏は、法務担当者が「自分がこの案件の最後の責任者である」という当事者意識を持ち、自ら法務内部を説得していく覚悟の重要性を説く。担当者一人ひとりが事業部門に寄り添った提案を練り上げる積み重ねこそが、現場からの信頼関係を育むのである。
リモート時代における「新しい油売り」の実践
事業部との信頼関係を維持し、心理的障壁を下げるためには、案件が発生したときだけのやり取りにとどまらない日常的なコミュニケーションの蓄積が欠かせない。
ひとり法務を担う飯田氏は、社内の全メンバーと話す接点を意識的に作り続けている。定例会議への出席やオフィスでのランチなど、人々が集まる機会には積極的に顔を出す。同社のオフサイトミーティングで「最近喋っていない人の隣に座る」というワークが行われた際、全員がすでに飯田氏と会話済みだったため、誰も彼女の隣に来ず端の席になってしまったという微笑ましいエピソードを紹介した。
「寂しかったのですが、経営陣から『一番端に行くということは、みんながすでに飯田さんと十分話していて、信頼している証拠だよ』と言っていただけました」と飯田氏は明かす。
日頃の草の根的な接点づくりが、組織全体の信頼残高(相互の信用蓄積)となっている証拠と言える。
吉田氏もまた、副本部長というマネジメントの立場でありながら現場との距離感を詰める努力を怠らない。
「各事業責任者にお願いし、彼らが数字を追う事業部門の定例会にはすべて参加させてもらっています」(吉田氏)
自ら会議に同席することで現場の生の声や温度感を把握し、今どのようなメンバーが活躍しているかを解像度高く理解するためだ。
かつてオフィス出社が当たり前だった時代、大企業の法務では事業部のデスク周辺を歩いて雑談を交わす「油売り」が重要視されていた。吉田氏自身も前職で「油売りを大切にしなさい」と教えられたという。
リモートワークやハイブリッドワークが定着した現代においては、オンライン会議への積極的な参加や、裏側でチャットツールを介して顔が想像できる状態を作っておくなど、時代に即した「新しい油の売り方」を模索することが、円滑な案件進行の鍵となる。



