本書では、ハイテク製品や半導体などのキー・パーツ、情報通信分野における製造業の高度化、宇宙開発の推進などを盛り込んだ「中国製造2025」を通して習近平主席が何をめざすのか、人材獲得、半導体、量子通信衛星などの先端的宇宙開発などに焦点を当てて探っている。もしハイテクや宇宙の分野で中国が米国を超えるようなことがあれば、世界が大きく変わる可能性がある。著者は筑波大学名誉教授、理学博士。中国吉林省長春市生まれで幼少期を中国で過ごし、のちに中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任した。
「中国製造2025」発布のきっかけは2012年の反日デモ
中国は2015年5月に「中国製造2025」(以下〔2025〕)という国家戦略を発布し、2025年までにハイテク製品のキー・パーツ(コアとなる構成部品、主として半導体)の70%を「メイド・イン・チャイナ」にして自給自足すると宣言した。
2018年3月以来の米中貿易摩擦でトランプが恐れているのは、〔2025〕により中国がアメリカを追い抜くことである。一つには、半導体などに関するコア技術さえあれば、それはスマホやパソコンといった日常のハイテク製品のみならず、軍事にも宇宙開発にも応用することができるからだ。
〔2025〕発布時点では中国のハイテク製品対米輸出の約90%は輸入したキー・パーツの組み立て製品に過ぎず、輸入先はアメリカ、日本、韓国、台湾などであった。中国は一部分しかコア技術を持っておらず、中国は「組み立てプラットホーム」の域を出ていなかったのである。
この現実に関して中国の世論が激しく動き始めたのは、実は2012年9月の尖閣諸島国有化がきっかけだった。激しい反日デモが起きる中、「日本製品不買運動」が起きた。あのとき、「日本製品不買運動」を呼び掛けるスマホやパソコンなどのキー・パーツの多くは日本製だった。つまり、スマホ自身は中国で作るから外側には「メイド・イン・チャイナ」と書いてあるが、その中を開けると、そこは日本製の半導体キー・パーツが詰まっていたのである。
そのことをネットユーザーが指摘し始め、最後は不満の矛先を、半導体を生産する技術も持っていないような中国政府に向けていったのである。
だから、2012年に中国共産党中央委員会(中共中央)総書記に選ばれた習近平(※2013年3月に国家主席に選出)は、反日デモが起きないようにネット言論を厳しく抑え込み始めた。反日デモが起きれば、「ハイテク製品は“メイド・イン・チャイナ”なのか、それとも“メイド・イン・ジャパン”なのか」という議論が再び持ち上がるからだ。このスローガンを掲げて反政府運動が起きたら、一党支配体制は危機にさらされる。
そこで習近平は2013年が明けるとすぐに中国工程院(※中国国務院直属の技術分野の最高研究機関)に命じて「製造強国戦略研究」に着手させ、2015年の〔2025〕発表に至ったわけである。