大勢の人が試験飛行で命を落とすなか、ライト兄弟が誰よりも先んじて有人飛行に成功しました。
実は、ライト兄弟が命を落とした技術者と比べて天才的な設計センスを持っていたわけではありません。なぜなら、ライト兄弟の方が数多くの失敗を経験していることがわかっているからです。 では、なぜ最終的に成功したかというと、数多くの実験を効果的に行ったからです。風洞を作り、二カ月の間に200種類以上の翼形状を試しました。この風洞実験により、命を危険にさらすことなく数多くの知識を得ることに成功しました。しかも、やみくもに飛ばしてみて、どれが飛ぶのかというような単純な知識ではなく、浮力の量と形状の関係に対する法則を見いだしたのです。それまでバイブルのように信じられていた法則が間違っていたことまでも証明したのです。
新規事業を成功させることは飛行機を発明するのに近いところがあります。 完璧な図面を書いたとしても飛行機を飛ばしてみない限り、永久に成功しませんし、逆に大きなリスクを取り飛んでみた結果、墜落すると大怪我することになります。仮に死は免れても、飛行機を一台破滅させてしまえば大きな損害をこうむり、次はないかもしれません。 ライト兄弟は早くから実験の重要性に気づき、数多くの実験を行うことに知恵を絞り、実験から確実に学ぶことに意識を傾けました。
今回発売された『ザ・ファーストマイル イノベーションの不確実性をコントロールする』(翔泳社刊)は、新規事業を離陸させるまでの風洞実験についての本です。このように書くと、かなりニッチな印象を受けるかもしれませんが、イノベーションは単なるアイデアではなく、実行を伴うということに真正面から向き合っています。著者は、『イノベーションのジレンマ』で有名なクレイトン・クリステンセンの愛弟子、スコット・アンソニー。またスコット・アンソニーはこれまでのクリステンセンの著作『イノベーションの最終解』『イノベーションへの解 実践編』などの共著者でもあり、現在、クリステンセンが設立したイノサイト社の経営を任されています。
アイデア発案の次にある「ファーストマイル」の存在は知っておいて損がありません。 新規事業に取り組んでいる方にはぜひ一読をお勧めしたい一冊です。
さて、私がこの本の監訳に携わったのはイノサイト社との提携があるからという縁もあるので、イノサイト社のことを最後に少し紹介しましょう。イノサイト社は「イノベーションのジレンマ」が警告した大企業の陥る危機の構造を踏まえ、大企業にも新規事業が創出できるよう支援するコンサルティング会社です。コンサルティングに加え、最近ではインキュベーションやベンチャーキャピタルも精力的に展開しています。
コンサルティングというと、「正解」「ベスト・プラクティス」を教える人たちだと思われるかもしれませんが、イノサイト社はちょっと違います。『ザ・ファーストマイル』には彼らが失敗した例も書かれています。例えば、立ち上げようとしたインドの理容ビジネスが思い通りにはいかず、中止せざるを得なかったことなどが紹介されているのです。これだけでも価値ある本ではないでしょうか。
スコット・アンソニーは本書の発売記念として来日し、1月13日にイベントがおこなわれます。ぜひ、ご参加ください。