財務経理部門の成果は「株価」で評価される
池側千絵氏(以下、池側):味の素は、日本企業の中でもいち早くFP&A組織を立ち上げ、経営管理の高度化に取り組まれています。まずは水谷さんから、現在のFP&Aが目指す方向性についてお聞かせください。
水谷英一氏(以下、水谷):私たちが中期経営計画に代わるものとして2023年に策定したのが、中計ASV(Ajinomoto Group Creating Shared Value)経営における「2030ロードマップ」です。その実現に向けて全社で共有しているのが「企業価値の算定式」です。
1988年味の素株式会社入社。米国味の素社への駐在、M&Aやブラジル味の素社駐在を経て、現在は財務・IR担当役員として、FP&Aの推進やDXによる経営管理高度化を牽引する。
これは分子に「着実なキャッシュ・フロー創出」、分母に「資本コスト(Weighted Average Cost of Capital:WACC)マイナス成長率」を置くファイナンスの基本がベースですが、味の素グループの特徴はこの数式全体に社長の中村が押し進めている「スピードアップ×スケールアップ」という要素を掛け合わせている点です。
池側:単なる算定式ではなく、行動指針としての「スピード」と「規模」が組み込まれているのですね。
水谷:その通りです。どんなに精緻な計画でも、実行が遅ければ環境変化に取り残されます。従来、中期経営計画では精緻な数値の積み上げに多大な労力を割いていましたが、私たちはそれを廃止し、より長期的視点である「ASV指標」を掲げる「中期ASV経営」へとマネジメントを変革しました。
池側:具体的にはどのような変化が起きていますか。
水谷:「ローリングフォーキャスト[1]」や「重点KPIモニタリング」の徹底です。これらを迅速に実行するには、FP&A機能が本社だけでなく、各事業部やエリアに神経細胞のように張り巡らされ、有機的に活動することが不可欠です。アクセルとブレーキを適切に制御し、企業価値向上に寄与する。それが目指すFP&A人財ネットワークとサポート組織の姿です。財務部門の成果は株価で評価されると考えて、活動に取り組んでいます。
[1]ローリングフォーキャスト:年度当初に決めた予算を固定せず、最新の実績や環境変化に基づき、一定の期間を常に一定のペースで将来予測を更新し続ける経営管理手法。
「国内出向でのアメーバ経営導入」から「海外出向でのコーポレート全般業務」へ
池側:味の素では、本社機能だけでなく、事業部門にも財務系人材をFP&Aとして配置しているとお聞きしています。事業部側でFP&Aを担う服部さんのキャリアについてお聞かせください。
服部公一氏(以下、服部):2000年に新卒入社し、最初の9年間は工場や本社で原価計算や予算決算といった財務会計の“修行”を積みました。転機は2009年、冷凍パン生地製造販売を担う国内関係会社への出向です。社員140名ほどの会社で、事業基盤強化の観点から「アメーバ経営」の導入に携わりました。
2000年味の素株式会社入社。工場経理、単体・連結決算予算等担当後、2009年より国内出向にて経営管理や中国での合弁会社設立に従事。2018年からベトナム勤務(コーポレート管掌取締役)を経て、2022年より事業部FP&Aとして、事業部と財務の架け橋となり、国内コンシュマーフーズ事業の事業成長・収益性向上に向けた伴走支援を行う。
池側:小集団ごとの採算管理ですね。
服部:はい。ライン別の採算を可視化し、その数値を見てライン長と協議し、現場で改善の種を探す。「現場感のある数字」を通じ、社員一人ひとりに数値を自分ごと化してもらう経験が、私のFP&Aとしての原点なのかもしれません。
池側:その後、海外でも経験を積まれたそうですね。
服部:2018年からベトナム味の素社に出向し、コーポレート担当として財務に加えSCM、IT、総務などバックオフィス全般を管轄しました。特に印象深いのはコロナ禍での対応です。危機管理から在庫水準の見極め、P/L構造把握と売価設定など、経営判断に直結する業務を経験しました。
池側:まさに現地法人で「CFO」的な役割を経験されたわけですね。
服部:そうですね。2021年に本社へ戻り、現在は食品事業本部でFP&A機能を担っています。コンシュマーフーズ事業部の国内事業を担当し、予算・実績・見込の採算管理を行いながら、各ブランドの事業構造把握と事業価値向上のアクションに少しでもつなげられるよう伴走支援を行っています。
水谷:服部さんのように、経理の専門性を持ちつつビジネスの文脈で数字を語れる人材こそ、私たちが目指す「FP&Aプロフェッショナル」のモデルケースです。財務組織に閉じこもらず、ビジネスパートナーとして機能することが求められています。
