コーポレートガバナンス・コードと伊藤レポート
2014年8月、一橋大学大学院経営管理研究科 特任教授の伊藤邦雄氏を座長とした研究会による報告書「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」は、通称「伊藤レポート」と呼ばれている。売上高利益率の低さから低ROE(自己資本利益率)を継続していた日本企業に対して、「伊藤レポート」は株主資本コストに着目し、「ROE8%以上」という基準値を設定したことが多くのメディアで取り上げられた。2013年以降、政府は成長戦略の一環として企業統治(コーポレートガバナンス)改革を位置づけており、「伊藤レポート」の提言を受け、2015年の「コーポレートガバナンス・コード」の策定に繋がった。
法的な強制力がないにもかかわらず、現実の経済社会において国や企業が何らかの拘束感をもって従っている規範「ソフトロー」。ソフトローであるコーポレートガバナンス・コードは、細則を定めず規範を示し自主的な取り組みを促す「プリンシプルベース・アプローチ」の立場をとり、「Complain or Explain:遵守(コンプライ)せよ、さもなければ説明(エクスプレイン)せよ」が適応される。
時を経て2020年9月、一橋大学の伊藤教授を座長、経済産業省を事務局とした「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」より提出された報告書が、今回解説する、通称「人材版伊藤レポート」だ。
人材版伊藤レポートでは「持続的な企業価値向上の実現」に向け、企業の「人材」に着目している。企業の人材を「人的資源(Human Resource)」として「資源の管理≒コスト管理」と捉えるのではなく、「人的資本(Human Capital)」として「資本の投資≒価値創造」と捉え直し、経営戦略と人材戦略の連動、人的資本の可視化、投資家との対話を促すことを目的としていることが特徴だ。
経済産業省では、社会や組織で求められる能力をまとめた「社会人基礎力」や、長時間残業をはじめとした日本型の労働環境を改革する「働き方改革」など、組織と個人の関係を再定義する取り組みを進めている。「人材版伊藤レポート」は、企業と個人、そして社会との関わり方を問い直すための提言と位置づけている。