共創理念と経営戦略の進化
宮森千嘉子氏(以下、宮森):本日は、共創の理念や、長期的な組織文化の変革についてお話を伺うことを楽しみにして参りました。自己紹介が遅れましたが、私はCultural Intelligence Quotient(文化的知性)、いわゆるCQの研究をしています。CQとは、異なる文化的背景を持つ人々や組織が、いかに効果的に協働できるかを測る指標で、特に多様性のある組織でのリーダーシップに関わる研究を進めています。
丸井グループは「共創」を理念に掲げ、長年にわたって組織文化を変革してこられました。その中で、特に「二項対立を乗り越える」という発想が、私にとって非常に興味深いです。これだけ長期的に組織を変革されてきた青井社長には、その背後にあるお考えやご苦労も多々あったのではないかと思います。
青井浩氏(以下、青井):CQの研究は非常におもしろそうですね。私たちが「共創」を掲げる背景には、多様な価値観を持つ人々との共創が必須であるという認識がありました。特に、多様性を受け入れ、相互理解を深めることが組織の力を引き出す鍵だと思っています。
宮森:おっしゃる通りです。異なる視点を受け入れて、ともに新しい価値を創造していくためには、多様性が非常に重要ですね。ただ、「二項対立を乗り越える」という部分が、さらに一歩進んだ考え方だと感じます。利益追求と社会的インパクトを両立させる、このバランスをどう取るのか、非常に難しい課題ではないでしょうか。
青井:まさにその通りです。1991年に私が取締役に就任したときから、二項対立をどう克服するかという問題意識があったからでした。当時は、効率や短期的な利益が最優先される時代でしたが、私はもっと長期的な視点で社会に価値を提供することが企業の使命だと考えていました。
宮森:その時代に既に「共創」を目指すのは画期的です。たしかに1990年代初頭は、まだ日本の企業は利益追求を重視する傾向が強かったですよね。効率を重視する企業文化が多い中で、青井社長は組織の方向性をどのようにして変えようとされたのでしょうか。
青井:おっしゃる通り、その頃は社会全体で利益を優先する考えが強く、共創という理念はあまり受け入れられにくかったですね。社内外ともに抵抗もありました。とはいえ、共創の考え方自体は私にとって自然なもので、お客様やパートナーとの対等な関係を築きながら価値を創造していくという発想は、既にその頃から根付いていたんです。ただ、実際にそれを実現するのは容易ではありませんでした。
たとえば、プライベートブランドの婦人靴を開発した際、お客様と一緒にデザインやアイデアを練り、製品としては成功を収めました。しかし、問題はその後でした。商品が完成した後、お客様とのやり取りが途絶えてしまい、改善や次のステップに進むことが難しかったんです。
宮森:商品が完成すると、そこで終わりになってしまうというのは確かに課題ですね。今のように、デジタルでフィードバックを受け続けて改善していく仕組みがなかったわけですよね。
青井:当時はデジタル技術がまだ浸透しておらず、フィジカルな商品や接客が中心でした。そこでのやり取りが一度途絶えると、その後の改善が難しくなってしまう。今ではデジタルを活用して、お客様との対話を続けながらサービスや製品を改善していくことが当たり前になっていますが、当時はそれができずに苦労しました。
宮森:なるほど。共創という理念を進める上で、フィジカルとデジタルの融合がカギになっているのですね。これからの時代、そうした長期的な対話の重要性がますます増していくのは間違いないでしょう。
ところで、日本企業が特に変革を避ける理由として、不確実性を嫌う国民文化が背景にあるという説もあります。青井社長も、そのような日本独特の文化の影響を感じたことがありますか。
青井:おっしゃる通り、日本企業には不確実性を避ける傾向が強いと思います。それは国際比較のデータなどでも見られることですが、特に「JAPAN as No.1」と呼ばれた時代の成功体験が、今もなお強く影響していると感じます。製造業やエレクトロニクス業界であまりに成功を収めてしまったため、その成功体験から抜け出すことが難しくなってしまったんです。その結果、過去の成功に固執し、未来の不確実な要素を取り入れることに対する抵抗が強くなっている。これが、イノベーションやDXの進展を妨げる要因の一つだと思います。
宮森:成功体験にとらわれることや不確実性を回避したい、達成したいといった日本の文化の特徴があることで次の変革をためらってしまうんですね。その一方で、成功体験や国の文化がイノベーションの種になることもありますが、やはり変革には大きなエネルギーが必要です。青井社長がそれを乗り越えてきた姿勢に感銘を受けます。