計算技術とともに進化する「マテリアルズ・インフォマティクス」とは
高橋沙織氏(以下、敬称略):最初に、JSRが取り組むマテリアルズ・インフォマティクスとはどのような分野なのか、簡単にご説明いただけますか。
大西裕也氏(以下、敬称略):マテリアルズ・インフォマティクスとは、マテリアル(材料・素材)の開発にインフォマティクス(情報技術)を用いること、要するに、材料開発にコンピュータを用いることを言います。中でも、化学や創薬の分野に計算技術を用いることを「ケモ・インフォマティクス」と呼ぶのですが、その歴史は長く、日本でも約40年前から取り組まれてきました。
古くから行われてきたのは、「こういう形の物質であれば、このような性質が発現するはずである」というように、物質の「構造」から「性質」を予測する計算でした。最近になってこの分野への注目度が上がっているのは、計算機性能の向上と、機械学習技術が発展したことにより、「性質」から「構造」を予測するという“逆方向”の計算が可能になったことが大きいです。そうすると、顧客からの「こういう性能の素材が欲しい」といったリクエストに応じて、材料開発ができるようになります。まだ乗り越えなければならない壁はいくつかありますが、弊社でもこの技術を活用して、半導体やディスプレイの素材に挑戦しています。
高橋:そのマテリアルズ・インフォマティクスの中で、「量子」がどのように関わるのでしょうか? また、大西さんが専門とする量子化学計算とはどのようなものなのでしょうか?
大西:「化学の計算」と言っても、様々なレイヤーがあります。そして、どのレイヤーのシミュレーションをするかで扱う物理が変わってきます。
たとえば、工場の配管の中をどうやってモノが流れていくかをシミュレーションする場合、「これくらいドロドロしたものだったら、パイプの太さはこれくらい必要だ」「これくらいの速さで流さないといけない」というものです。こうした問題の解答を導き出すのも、化学のシミュレーションの一つです。もう少し小さなスケールでの最近の例では、コロナウイルスの表面にあるスパイクタンパク質の動きに関しても、シミュレーションが行われていたりします。ここまでは古典力学でも記述できる世界です。
そこからさらに細かく見ようとすると、古典力学では及ばない世界になっていきます。分子を構成する原子は原子核とその周りに広がっている電子からなっていますが、その電子の広がりかたをシミュレーションするには、量子力学が必要になってくるのです。こうした量子レベルの化学計算のことを「量子化学計算」と言います。
私は研究者時代、一貫してこの量子化学計算の“理論”を研究していました。一時はそのままアカデミックの道を進むことも考えましたが、一方で、こうした量子化学計算の技術を“使う”ことにも興味がありました。そこで、運よく就職できたのが現在のJSRというわけです。