村上氏が見る量子コンピュータの現在地
高橋沙織氏(以下、敬称略):今回は、世界のテクノロジーの潮流を見てこられた村上さんに、世界の量子コンピュータの動向と日本企業の勝ち目について、寺部さんとともに伺っていきたいと思います。まずは、量子コンピュータが注目されるようになっていることについて、どのように感じられているか教えてください。
村上憲郎氏(以下、敬称略):最近では毎日のようにどこかで報じられるようになりましたよね。IBMの「IBM Quantum System One」が川崎市で稼働を開始し、日本企業が活用を進めるようになりました。また2021年には、グーグルがカリフォルニア州のサンタバーバラで量子コンピュータの研究開発拠点「Quantum AI campus」を公開しています。これまで理論的な話は語られてきていましたが、形のある状態で公開されたことで、物理実装に向けた動きが本格化したと皆さん感じてらっしゃるのではないでしょうか。
寺部雅能氏(以下、敬称略):IBMやグーグルが量子コンピュータの領域に巨額を投じるようになったのは2010年代になってからですよね。どのような背景があったのでしょうか。
村上:2011年にカナダのD-Wave Systemsがアニーリング型の商用量子コンピュータを発売したことが、大きな転換点となったと思います。実用化までまだ数十年単位で時間がかかると思われていたものが、予想よりもはるかに早く世に出せることがわかったからです。そこから各社研究を進めていき、2014年よりゲート型量子コンピュータの研究開発を開始したグーグルが、2019年10月にスーパーコンピュータを使っても1万年かかる問題を3分20秒で解いた、いわゆる「量子超越性」に関する論文を発表しました。現在では、量子コンピュータが課題を解決するためのアルゴリズムの探索もあわせて各社研究開発を進めているところです。
高橋:量子コンピュータにおけるアルゴリズムとはどのようなものなのでしょうか。
村上:量子コンピュータにおけるアルゴリズムとは、量子の性質を利用した計算の手順です。アニーリング型は「量子アニーリング」というアルゴリズムを計算に使うことからこう呼ばれます。ゲート型はゲートと呼ばれる論理回路を複数組み合わせることで様々なアルゴリズムを実装することができる事から別名「汎用型」とも呼ばれます。
アニーリング型は、「巡回セールスマン問題」のような「組合せ最適化問題」を解くのが得意な形式です。組み合わせる要素が増えると膨大な計算量が必要となる「組合せ爆発」が発生し、古典コンピュータだと途方もない時間がかかる計算を、短時間で処理することができるというもので、実用化され始めている技術です。ただこれは、限られたタイプの問題しか解くことができない技術ともいわれています。
それに対してゲート型は、高い汎用性が期待されていますが、実用化まで課題が山積しています。アニーリング型が数千量子ビットまで実装できている一方、ゲート型はいまだ数十~数百前半の量子ビット程度となっています。研究開発を進める企業たちは数万、数十万量子ビットを目指しているはずなので、まだまだ先は長いといえます。ただ、数十量子ビットであってもアルゴリズムによっては解ける問題もあるので、IBMの「IBM Quantum System One」に多くの企業が注目しているのです。