なぜデータ分析から「当たり前」の結果しか得られないのか?

第5回

 「分かりきった分析結果しか出ない」。その理由は、分析そのものではなく、その入り口にあるのかもしれません。しかも、データを扱おうとする前に、あなたの思考そのものが”データに縛られて”いたとしたらどうでしょう。なんとなく分析していると気づかない、このトラップとは何なのでしょうか・・・』。今回の記事では、そのトラップにせまり、解消法を考えます。

[公開日]

[著] 柏木 吉基

[タグ] データ・アナリティクス ビジネススキル 事業開発

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あなたの思考はデータに縛られているかも?

そんなことわざわざ分析するまでもなく分かっていた。

 データ分析から得られた“当たり前”の結果を目の前にして、価値ある情報が引き出せないばかりか、作業にあてた無駄な時間に愕然としたという経験(苛立ち?)をよく耳にします。

 もちろん、分析のやり方のまずさやデータを深掘りするときの視点の浅さなど、分析者のスキルによるものも少なくありません。また、過大な期待を満たすような宝はそもそも存在していなかったのかもしれません。

 一方で、分析をする“前”の段階で、無意識のままに分析者の見ている範囲がデータに制約を受けていることがあります。分析の入り口の時点で、自分が見えている範囲だけに思考が制限されていれば、どんなにすばらしい分析手法を用いても、そこから出てくるものは「当たり前」の結果しか出てこないのも頷けます。

 例えば、次のような課題を抱えていたとしましょう。

駅ビルのテナントの一つであるドラッグストアの店長として、どうしても売上の向上を図りたい。そのために、どんなお客様にどんな商品をアピールすればよいかを客観的に把握し、店舗の商品陳列に反映させたい。

 そこで、早速店舗の顧客データを当たります。そこにはポイントカード会員による大量の詳細購買履歴データがあります。これを使わない手はないと思い、早速分析に当たります。
 すると、年齢別、時間帯別、曜日別、性別などの区分けで何かどれだけ売れたのかが分かってきます。それに合わせて、例えば

「火曜日の夕方18時~20時は30代の女性客による化粧品の購入が多いので、この時間帯にはイチオシの化粧商品を店先に陳列しよう」

というアクションが取られます。分析した本人は、大量のデータから得られた客観的な分析に基づいた対策だと感じています。

 でも恐らくいつも店番をしている店員にすれば、

「そんなこと分析しなくても知っています」という内容かもしれません。

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