信頼関係でリスクを回避しようとする日本企業
──日本の企業法務におけるDXの進捗は、どのような状況ですか?
尾花:リーガルテック領域は急成長中で、電子契約やAI契約書レビューのサービスを導入する企業は増えています。ただ、多くの企業は今なお初歩的な課題で困っている状況です。特に中小企業では専任の法務担当者が少なく、契約締結後の管理まで手が回っていません。

──自社が結んだ契約の内容を把握できていないということでしょうか?
尾花:契約書の文面について「日本語なのに日本語ではないみたいだ」という声をよく聞きます。難解さゆえ、法務担当者や顧問弁護士に確認を丸投げしてしまうのでしょう。本来は現場の営業や購買の担当者が契約内容をしっかりと理解することが重要です。たとえ前任者が締結した契約でも、必要なときに必要な契約書を確認できる状態が理想だと感じます。
──藤田さんは、日本企業の法務に対する姿勢をどうご覧になっていますか?
藤田:海外と違って日本の企業には、契約書より信頼関係でリスクを回避しようとする価値観が浸透しています。だからこそ、法務にコストをかけてこなかったのだと思います。
しかし、私が弁護士として活動してきた約20年の間に、状況は大きく変化しました。グローバリゼーションによって海外企業との取引も増えた今、信頼関係だけで企業間の認識をすり合わせることは困難です。契約書で自社を守る必要性が高まり、大企業は対応を進めていますが、中堅・中小企業においてはトラブルで損をする事例が少なくありません。
営業戦略の立案にも契約書は役立つ
──契約業務の高度化が事業に与えるインパクトを教えてください。
尾花:契約書は貴重な情報源です。たとえば、ある取引先といつ、どのように取引関係が始まり、発展していったのかは契約書を見ればわかります。その情報は「今後の取引を増やすべきか減らすべきか」といった営業戦略を立てる上でも役立ちますよね。契約書は、ビジネスの現場で武器として使える貴重な資産なのです。
DXによって誰もが契約書にアクセスできる環境を構築すれば、様々な部署の担当者が契約書を日常的に見る習慣がつきます。これによってビジネスパーソンの契約リテラシーが向上し、リスクの抑制はもちろん攻めの法務にもつながるはずです。
藤田:私からは守りの側面についてお話しします。契約書に「追って協議する」と記載するケースがありますが、協議の必要が生じたときは往々にして揉めます。そうなる前に、冷静な頭で決めておくことが重要なのです。契約締結時に明文化しておけば「決まっているなら仕方がない」と諦めがつき、大きく揉めることもなく相手との取引関係を続けられます。
最悪のケースは、お互いの信頼を失って関係が断絶することです。信頼関係を維持するためにも、契約書をきちんと作っておく必要があります。かつては「大手企業が作成した契約書をそのまま受け入れる」という会社が多くありました。ただ、後で揉めるくらいなら先に交渉してみることをおすすめします。