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日本の製造業は再び世界を席巻できるのか?『オープン&クローズ戦略 増補改訂版』から「はじめに」を紹介

新刊紹介:『オープン&クローズ戦略 日本企業再興の条件 増補改訂版』

 日本の産業、特に製造業はなぜ凋落したのか。加熱するIoTとインダストリー4.0の潮流の中で、日本企業は勝つにはどうすればいいのか。翔泳社が12月3日に刊行した『オープン&クローズ戦略 日本企業再興の条件 増補改訂版』から、著者の小川紘一氏が現状分析と処方箋を概略した「はじめに」をご紹介します。

[公開日]

[編] 渡部 拓也

[タグ] ビジネスモデル 競争戦略 IoT

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オープン&クローズ戦略 日本企業再興の条件 増補改訂版

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オープン&クローズ戦略 日本企業再興の条件 増補改訂版
著者:小川紘一
発売日:2015年12月3日(木)
価格:2,200円(税別)

本書は欧米企業が生み出した周到な知財マネジメントとビジネスモデルの構造を分析し、実証研究に基づき、日本企業の本質的な課題を克服し、再び活力を与え再成長のための戦略を大胆に提起する。また進行しつつある「IoT/インダストリー4.0」が日本に及ぼす影響、日本企業のとるべき方策についても新たな考察を踏まえ、最新の論稿を追加した。

 本書の狙いは、日本の製造業が置かれた現状を新しい枠組みの中で分析し、その再構築に向けた処方箋を提案することである。新しい枠組みが必要である理由は、世界の隅々で産業構造が大規模に変わりはじめたからであった。背景にあるのは、ビジネス・エコシステム型の産業構造の進度およびIoT(Internet of Things)やインダストリー4.0の経済環境に他ならない。したがって、今回の増補改訂にあたり、全章にわたって改稿するとともに、これらの動向についての考察を随所に加えた。さらに、IoTとインダストリー4.0に関して、日本企業が取るべき方策を「補論」として追加した。

 世界の産業界は、100年に一度とも言うべき歴史的な転換期に立っている。当初、この変化は金融グローバライゼーションの波に隠れ、かすかな兆候しか見えていなかったが、製品・システムの設計にソフトウェアが深く介在する1990年代から、デジタル型のエレクトロニクス産業でこの動きが大規模に現れた。IoTやインダストリー4.0が作り出す経済環境では、この変化がほぼすべての産業領域へ拡大する。

 その特徴は、第一に、技術や知的財産だけでなく、人やものづくりさえも瞬時に国境を越えてつながり合う領域が急拡大していることである。第二に、これが同じ製品・システムや同じ産業の部品と完成品との間、完成品設計と量産組み立て、さらには素材と部品との間で生まれ、先進国と新興国が互いにつながって協業し合うエコシステム型国際分業の進展である。

 第三の特徴は、この比較優位の国際分業とでもいうべきビジネス・エコシステムが進む産業領域から新興国が経済成長の軌道に乗ったことである。同時に欧米企業がこれらのエコシステムを介して、新興国の成長を取り込む仕組みを次々に生み出しているという事実である。

 本書では、これらが急速に進む一連の経済環境を「製造業のグローバライゼーション」と呼ぶ。IoTやインダストリー4.0はこの潮流を大規模に加速させ、特定の産業領域を越える巨大なエコシステムが形成される(詳細については、本書の補論を参照)。

 その背景にあるのが製造業それ自身の構造転換であった。自然法則や機械特性を活用するこれまでのアナログ型・ハードウェアリッチ型から、人工的な論理体系を活用するデジタル型・ソフトウェアリッチ型へと、世界の製造業が1990年代から大規模にシフトしたのである。

「ソフトウェアリッチ」とは、製品設計にソフトウェアが広く・深く介在し、製品の主たる機能や性能がソフトウェアの作用によって実現されていることを言う。スマートフォンはもとより自動車の価値さえも、ソフトウェアによって創られる時代となった。デジタル化の本質とは、実はソフトウェアリッチ型へ転換することだったのである。これまで言われてきたデジタル化とは、単にハードウェア技術を表現する技術用語に過ぎない。

 当初はこれがエレクトロニクス産業だけで起きていたが、2000年代になると他の多くの産業領域へと急拡大した。

 ここからグローバル市場の競争ルールが変わり、先進国の製造業のあり方と途上国の製造業のあり方も本質的に変わった。そしてイノベーションのあり方も、価値の獲得や価値を維持する戦略も本質的に変わった。IoTやインダストリー4.0では、これがさらに大規模に変わっていく。

 人間は自然法則を変えることはできないが、人工的な論理体系なら自由自在に変えることができる。ソフトウェアならプログラミングを工夫するだけで、自然法則の組み合わせよりはるかに容易に、人間の期待やアイデアを製品機能として具体化できる。

 この意味で、ソフトウェアを活用する技術イノベーションや製品イノベーションはもとより、社会システムイノベーションさえも、自然法則を活用したものよりはるかにスピードが速い。IoTやインダストリー4.0のイノベーションを先導しているのはソフトウェアそれ自身である。

 自然法則を活用した電機工業や重化学工業が19世紀末から大規模に興隆し、その後100年の産業構造を決めた。人工的な論理体系を活用して生まれたソフトウェアリッチ型の産業が、今後のグローバル産業構造を決めることになるであろう。これを本書では、18世紀後半の第一の構造転換(経済革命)や19世紀後半の第二の構造転換に続く、「第三の産業構造転換」と呼ぶ。IoTやインダストリー4.0は、第三の構造転換を世界の隅々に波及させる。

 本書で第一、第二、第三の構造転換のことを、第一次、第二次、第三次の経済革命と呼んでいるのは、構造転換が世界の経済システムと人々の暮らしを大きく変えてきたからである。

 製造業のグローバライゼーションによって、技術や知的財産だけでなく、人やものづくりさえも瞬時に国境を越える。それによって競争ルールも瞬時に変わる。このことは、変わらないことを暗黙の前提にしたこれまでの技術創造立国の政策や知的財産立国の政策が機能しなくなることを意味する。

 日本は科学技術基本計画の第一期(1996~2000年)から第三期(2006~2010年)までで累積200兆円の研究開発投資を行った。出願登録された特許の数も圧倒的に多い。

 技術や製品イノベーションを次々に生み出すことがそのまま企業収益や国の雇用と経済成長につながるとこれまで言われてきた。だがグローバライゼーションによって技術が瞬時に伝播し、国内に留まらない現在では、いくら巨額の投資をして技術や製品のイノベーションを生み出しても、雇用改善や経済成長に結びつかない。知的財産権が機能していないのである。

 国内で営々と磨く生産技術や製造技術もなかなか企業収益に結びつかない。この意味で、国内に残すべきマザー機能も、これまでの製品設計や工場の中に閉じたものだけでなく、オープン&クローズの戦略思想に基づくビジネスモデル構築や知的財産マネジメントなども含む統合型のマザー機能へ変貌しなければならない。さらに、貿易収支はもとより、所得収支、サービス収支、そして経常収支を支え、地域の雇用を維持拡大するという視点から、国内に残すべき製造業のマザー機能のあり方を再構築しなければならない。

 先進国の製造業を特徴づけるのは、長期にわたる技術の蓄積や高度な技術を次々に生み出す人材と社会システムにある。しかしながら巨額の費用を投入して新技術を生み出すだけでなく、同時にこれを企業収益や国の雇用と経済成長に結びつけるためのメカニズムを持っていなければ、先進国の製造業は成り立たない。

 われわれは製造業のグローバライゼーションを止めることはできない。IoTやインダストリー4.0の潮流を止めることができない。したがって、生み出された技術の伝播を戦略的にコントロールする手段を自らの手で考え出さなければならない。この課題は、先進国型の製造業で技術開発以上に重要となった。一般に、技術伝播を防ぐ手段は知的財産権であるが、そもそも1996年に施行された日本の科学技術基本法には「知的財産」という言葉すらなかった。基本法を具現化する基本政策でも、中小企業の資金調達に有用という視点から少しだけ言及されているに過ぎない。

 一方、最近の経済学者の分析で明らかなように、公開特許が技術伝播の主要経路になっていることも事実だ【注1】。キャッチアップ時代に機能した、特許の数を競う政策や特許の質を競う政策の是非を考え直さなければならない。特許を活用して企業収益や国の雇用と経済成長につなげるための政策やビジネスモデルこそが、特許の数や質よりはるかに重要となってきたのだ。そもそも質の良い特許の定義は、フロントランナー型の企業とキャッチアップ型の企業でまったく異なる。この違いを知的財産の専門家は深く議論してこなかったのではないか。

【注1】たとえば、山田節夫(2009)『特許の実証経済分析』の第7章第1節を参照。

 このような経済環境の中で、日本企業の復興に向けた処方箋を提案するために、本書ではまず第一に、日本の製造業が抱える課題を先進国型の製造業に共通する基本問題として捉えながら、その実態をオープン&クローズという視点で読み解いてゆく。第二に、日本の製造業の強化に向けた方向性をオープン&クローズの考え方に基づく知的財産マネジメントという視点から示す。

 ここで本書が定義する「オープン」とは、製造業のグローバライゼーションを積極的に活用しながら、世界中の知識・知恵を集め、そしてまた自社/自国の技術と製品を戦略的に普及させる仕組みづくりを指す。一方「クローズ」とは、価値の源泉として守るべき技術領域を事前に決め、これを自社の外あるいは自国の外へ伝播させないための仕組みづくりのことである。

 この2つを組み合わせながら、大量普及と高収益をグローバル市場で同時実現させるのがオープン&クローズ戦略である。クローズ領域を背後に持たないオープン化や国際標準化は、企業収益や国富の源泉を一瞬にして失う。オープン化戦略を持たないコア領域はグローバル市場で価値の獲得に貢献しない。オープン化戦略を持たない完成品やシステムは、多くのリソースと投資を必要とし、回収が非常に困難となる。営業利益も稼ぐ力(ROE)も低いレベルに留まる。

(中略)

 本書はオープン&クローズ戦略を語るにあたって、これまで専門家以外の目に触れることが少なかったキーワードを繰り返し使った。たとえば「企業と市場の境界設計」やビジネス・エコシステム、および市場に強い影響力を持たせる「伸びゆく手」などである。

本書のキーワードの概念図本書のキーワードの概念図

 その製品産業が瞬時に国際的な分業型へ転換するのであれば、自社が集中する領域と他社に委ねる領域とを、自社に優位になるよう事前に設計する必要がある。これが事業戦略から見た企業(自社)と市場(他社)の境界設計である。互いにつながり合って価値を生み出すIoTやインダストリー4.0で、この境界設計が事前戦略として極めて重要になることも、ここから理解されるであろう。

(中略)

「ビジネス・エコシステム」とは、多くの企業が協業しながらその産業全体を一体となって発展させていく分業構造を指す。IoTやインダストリー4.0は、分業構造を世界の隅々に拡大させる。特に本書では、このシステムを先進国の企業と新興国の企業が、同じ製品産業の中で協業する状況を表現するために用いる。

「伸びゆく手」とは、本書が提起する新しい概念であり、産業構造が同じ製品や同じシステムで大規模な分業型へ転換するとき、自社のコア領域からエコシステムを介してサプライチェーンに向けて強い影響力を持たせる仕組みのことである。

 単なる分業では、自社の付加価値はコア領域の内部に留まるに過ぎない。一方、サプライチェーンに向けて強い影響力を持たせる「伸びゆく手」が形成されていれば、その産業全体のイノベーションの方向性を主導できるだけでなく、サプライチェーンを担うそれぞれの企業の技術イノベーションをも方向づけることが可能となる。

 自社のコア領域の価格を維持したうえで、自社以外の領域で価格競争させる仕組みも構築できる。この意味で「伸びゆく手」とは、グローバル市場に散在する多種多様な価値を、自社のコア領域へ取り込む仕組みづくりであると言い換えてもよい。

(中略)

 これまで多くの経営書は、価値の形成や価値の獲得に必要な企業内部の能力構築が最も重要と論じてきた。しかしながらエレクトロニクス産業でわれわれが目にしているのは、形成・獲得した価値が一瞬にして消え、何度もグローバル市場から撤退を繰り返す日本企業の姿である。

 その主たる要因は、決して技術イノベーションが不足していたからではなく、製品イノベーションが不足していたからでもない。また、決して生産管理や製造技術のイノベーションが不足していたからでもなかった。

 日本のエレクトロニクス業界は、人々の生活を豊かにする大量普及製品を1990年代から次々に生み出してきた。そして圧倒的な量の特許を出願・登録し、生産技術と製造技術を磨いた。それでも自らの手で生み出した価値を何度も失った。ものづくりの敗戦ではなく、知的財産政策や知的財産管理の敗戦だったのではないか。そしてまたプロパテント政策以前(1970年代まで)のアメリカの知財裁判思想から日本が脱皮できていないのではないか。

 現在の日本では1970年代のアメリカと同じように特許権保有者の70%以上が知的財産の裁判で敗訴になってしまう。技術が瞬時に国境を越えるグローバライゼーションに、日本の知的財産思想も制度も対応できなくなっている。

 2010年代にはこれが他の多くの産業領域へ拡大する。たとえば、日本企業が圧倒的な競争力を誇りグローバル市場を席巻したセラミックコンデンサでさえ、1社を除いて韓国企業に勝てなくなった。中国市場のプリンタはもとより、オフィスの複合機(特にA4機)にも類似の兆候がはっきり見えている。

 知的財産マネジメントが前面に出ない経営論は、日本の製造業が形成する価値を、企業の成長にも、雇用や経済成長にも結びつけることができない。社会科学上では成り立つ理論も、その前提となる経済環境や社会環境が変わってしまえば現実社会では機能しない。

 IoTやインダストリー4.0の経済環境では、こうした機能しない領域が先進国にも新興国にも現れ、知的財産マネジメントのあり方はもとより、付加価値形成のメカニズムもまったく変わってしまう。

 日本の製造業が抱えるこの深刻な課題を解決する手段として本書で提案するのが、オープン&クローズ戦略であり、「伸びゆく手」の形成を中心に据えた新たな勝ちパターンの再構築である。そしてオープン&クローズ戦略に則った知的財産マネジメントである。

 この具体化には、まず企業と市場の境界を事前に設計しなければならない。しかしながらこの境界は、アカデミアが言う取引コストや市場の利用コストだけで決まるのではなかった。コア領域と非コア領域、あるいは企業の内部に閉じた組織能力という静的な視点だけで決まるのでもなかった。企業から市場へ向かう「伸びゆく手」を、最も効果的に作れる領域から境界が決められていたのである。

 この意味で「経営者の手が消えたか消えないか」というアカデミアの論争は無意味ではないか。フルセット統合型が主流だった1970年代までなら企業内部に留まっていた「見える手」が、製造業のグローバライゼーションの進展とともに一層強力になってグローバル市場へ伸びている。

 本書で新たに示す「伸びゆく手」という考え方は、先進国型の製造業がビジネス・エコシステムを介して新興国の成長と共に歩むために、極めて重要な役割を担うようになるだろう。

 本書が語るオープン&クローズ戦略の本質は「伸びゆく手」の形成にあり、知的財産マネジメントと一体になって初めて機能する。オープン化の戦略は、市場に対する影響力を最も効果的に発揮させるために必要なのである。このとき同時に、自社技術と他社技術をつなぐ境界に知的財産を刷り込ませて公開する、という新たな知的財産マネジメントが、自社のコア領域に刷り込ませる知的財産マネジメントと同等以上に重要となる。

 この意味でオープン・イノベーションは、オープン&クローズの戦略思想に基づくエコシステム型イノベーションの一部に過ぎない。オープン&クローズという考え方がグローバルなビジネス現場の真実であることは、ドイツが先導するインダストリー4.0やアメリカが先導するインダストリアル・インターネット・コンソーシアム(Industrial Internet Consortium)が向かう方向性を見れば一目瞭然である。

オープン&クローズ戦略 日本企業再興の条件 増補改訂版

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オープン&クローズ戦略 日本企業再興の条件 増補改訂版
著者:小川紘一
発売日:2015年12月3日(木)
価格:2,200円(税別)

本書は欧米企業が生み出した周到な知財マネジメントとビジネスモデルの構造を分析し、実証研究に基づき、日本企業の本質的な課題を克服し、再び活力を与え再成長のための戦略を大胆に提起する。また進行しつつある「IoT/インダストリー4.0」が日本に及ぼす影響、日本企業のとるべき方策についても新たな考察を踏まえ、最新の論稿を追加した。

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