監査における「専門家人材」と「AI」の協調
「取引の多面的リスク評価モデル」の実装において重要なのは、AIによる自動化と、監査人のプロフェッショナルな判断(職業的懐疑心)の融合である。松本氏が示した運用フローによれば、まず監査人が企業の特徴に合わせて「シナリオ(仕入れ先の偏り、売上債権の長期化など)」を設定し、データサイエンティストがAIモデルを構築する。
分析結果は直感的な「ダッシュボード」に集約される。たとえば、ある得意先との取引が統合スコアで高得点をマークし、複数のシナリオで異常値を示していれば、ダッシュボード上でその箇所がカラーハイライトされる仕組みだ。
「監査人はこのスコアが高い取引から優先的に、取引の背景や実態を確認していく。AIがリスクの所在をナビゲートすることで、監査人はより高度な判断業務に集中できる」と松本氏は語る。これは、網羅的なデータ確認(全件精査に近いアプローチ)と、リスクに基づいた重点的調査(リスク・アプローチ)をデジタルによって高次元で両立させる試みといえる。
AIが可能にする「変化点検知」への展開
セミナーの後半では、さらに「変化点検知モデル」についても言及された。これは、過去のパターンからの逸脱をリアルタイムに近い形で捉える技術である。外賀氏は、「業種やビジネスモデルに応じて適用するモデルを変えなければ、正しい診断はできない。バラエティ豊かなモデルを使いこなすことが、リスク識別の鍵になる」と強調した。
監査法人として特許を取得し、高度なAIモデルを独自開発する背景には、急速に複雑化する企業のビジネス実態がある。もはや人間によるサンプリング(抽出検査)だけでは、巧妙に隠された不正の糸を解き明かすことは不可能に近い。膨大なデータの中から「砂金」のようなリスクを見つけ出すには、AIという強力なフィルターが不可欠なのだ。
データガバナンスが企業の信頼を担保する
今回のトーマツの取り組みが、経営企画やDX推進を担う読者に示唆するものは何か。それは、「監査対応」を単なるコストや負担として捉えるのではなく、自社のデータの「自浄作用」や「信頼性」を高めるための高度なフィードバック機会へと転換できる可能性だ。
監査法人がAIを駆使してリスクを可視化するということは、裏を返せば、企業側にも「分析に耐えうるデータ基盤」と「透明性の高いプロセス」が求められることを意味する。AI時代のガバナンスにおいて、DX推進部門が果たすべき役割は、単なる業務効率化ではない。監査法人とも共通言語(データ)で対話できる体制を整え、不正が入り込む隙のない「レジリエンス(回復力・適応力)」の高い組織を構築することにある。
「社会全体として良くなっていけばいい、というのが最後のアウトカムだ」という外賀氏の言葉は、AI活用がもたらす本質的な目的を指し示している。監査のDXは、企業経営の透明性を高め、ステークホルダーからの信頼を確固たるものにするための、不可欠な戦略投資となるだろう。
