「10万時間削減」の罠を越え、財務インパクトを創出する方法
メディア向け発表会の後半には、AI活用において最も先進的かつ複雑な課題を抱える金融業界を題材に、下川憲一氏と守屋孝文氏によるトークセッションが行われた。AI導入を「単なる時間削減」で終わらせないための、具体的なアプローチが明かされた。
「これまでのAI活用は、チャットベースの『補助ツール』としての利用が主だった」と下川憲一氏は指摘する。しかし、この段階での効果は「想定業務時間の削減」といった抽象的な数字に留まりがちで、実際には残業代の抑制など人事施策と連動させない限り、真の意味での財務インパクト(営業利益への直接的な寄与)は得にくい。
今後、企業が目指すべきは「AIセントリックな業務プロセスの再構築」だ。
「人の作業をAI化するだけではなく、AIを中心としたプロセスへ再設計することが重要です。これにより人の余剰を生み出し、初めて真の財務インパクトを創出できる」と下川氏は語る。
この変革において、前述のDS(デプロイメント・ストラテジスト)が果たす役割は大きい。特に金融機関のような大規模組織では、既存のBPR(業務プロセス変革)の手法にAIを組み込むのではなく、AIが自律的に動くことを前提とした「エージェンティックAI」活用へのシフトが始まっている。
金融業界に学ぶ、データガバナンスとチェンジマネジメントの融合
金融セクターの責任者を務める守屋孝文氏は、現場での具体的な支援事例を共有した。現在、大手金融機関に対して「AIレディーなプラットフォーム構築」を支援しているが、そこでの論点は単なる技術実装に留まらない。
- データガバナンスの設計:データの品質をどう維持し、セキュリティを担保するか
- チェンジマネジメント:ユーザーのAIスキルを向上させ、組織全体にAI活用のモメンタム(勢い)を作る
「従来型のプロジェクトは業務を可視化して自動化箇所を探すアプローチでしたが、現在は『照合』や『チェック』といった特定のアクションをAIエージェントに代替させる再定義を行っています」と守屋氏は実態を明かす。
金融業界は、異業種の参入やエンベデッドファイナンス(組込型金融)の進展により、かつてない複雑性に直面している。こうした予見困難な環境下では、現場で早期に価値を創出し、それを全社戦略へとフィードバックできるDSやFDEの存在が、企業の命運を握ることになる。
DX推進担当者が今取るべき「3つのアクション」
デロイトの発表が示唆するのは、AI活用を「IT部門のプロジェクト」として閉じ込めておく時代の終わりだ。経営企画やDX推進を担う読者が、明日から意識すべきアクションは以下の3点に集約される。
- 「時間削減」から「タスクのAI化」:漠然とした効率化ではなく、AIエージェントに任せられる具体的な「アクション」を特定し、業務プロセスそのものを再設計する。
- DSとFDEの視点を備えたチーム編成:戦略を描く人材(DS)と、現場で一次情報を基に実装する人材(FDE)をセットで配置し、現場と経営を直結させる。
- 成果指標の再定義:「便利になった」という定性評価ではなく、企業価値や収益にどう寄与したかという定量的な成果にコミットする体制を整える。
AIによって、「コンサルティング業の提供価値の変容」が叫ばれる中、デロイトは自らを「クライアントの内製化を支援し、成果にコミットするパートナー」へと再定義した。AIという強力な武器を手にした企業が、真の価値を手にするための戦いは、まだ始まったばかりだ。
