アップルの“第二創業”を支えたジョニー
「ジョニー」ことサー・ジョナサン・アイブ氏は、iPhoneやiPodに代表される製品を世に送り出してきたアップルのチーフ・デザイナーである。“アップルコンピュータ”を創業したのがスティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックだとすると、“アップル”を創業したのはスティーブ・ジョブズとジョナサン・アイブだということが、この本を読むとよくわかる。
黎明期のパーソナルコンピュータ市場で一時代を築いたアップルは、その後停滞し、ジョブズが自分の会社から追い出されるような事態になる。立て直しのために再度ジョブズが復帰すると、ヒットを連発するようになったことは記憶に新しい。コンピュータというジャンルを超え、音楽プレイヤーや携帯電話でも大成功を収め、現在は企業価値が世界一にまでなっている。その過程で社名からは「コンピュータ」という枠が外れ、「アップル」になる。この成長を支えた影の立役者はジョナサン・アイブと言われているが、何が起きていたのだろうか。
妥協なきイノベーションプロセス
私が読みながら感じたのは“二つの相反する感情”だった。「それは凄い!そこまでやるか。」と「やっぱり、そうか」である。一見無茶に見えるような徹底ぶりが、考えてみると理に適っている。
例えば、アップルは徹底した秘密主義を引いており、新しいデザインのことはジョニーが率いているインダストリアルデザイン部門(IDg) の門外不出となっている。家族にも口外できず、連携する部門であっても、直接の担当者以外にはまったく知らされない。新機軸を生み出すようなアイデアが、既存事業の価値観でつぶされる、いわゆる「イノベーションのジレンマ」を恐れてのことである。以前のアップルでは、設計や製造部門の反対にあって大胆なデザインはできず、ジョニーは悔しい思いもしている。しかし今では、組織の論理に縛られず、人間の感情に働きかける製品を作り上げることができるのだ。
また、製品を具現化する努力をアイブは惜しまない。例えば、中国の工場に3ヶ月間泊まり込み、細部にこだわる設計が「大量生産」できるまで直接指示をして見届ける。つまり、デザインをしたら設計し、製造するという一連のフローなのではなく、「試行錯誤が前提」になっているのだ。試行錯誤を前提としたプロセスも、今となってはイノベーションの常識とも言える。斬新であればあるほど、アイデアの実現性は不確実だからである。
そのため、設計しながら何度もデザインに手が加えられ、量産準備の段階になっても設計が変更される。リスクが大きい場合には、アップルでは2つのデザイン案を並行して進めることも少なくない。
「1つを取りやめること」を前提に、同時に2つデザイン案を開発するなんて、いかにも効率の悪いことだと感じてしまうが、不確実性の高いプロジェクトにおいては、冗長性を持たせた方が効率的なだけでなく、成功することが分かっている。これも「凄い」けど「やっぱり」な例だ。
ジョブズがアイブ以外に、大切な場面では広く社外の人間にも助言を求めているのも意外に感じるが、「やっぱり」とも言える。例えば、iMac という製品名は広告業界の専門家などからアイデアを募った結果だ。スティーブ・ジョブズもスーパーマンではなく、多くの優れた意見を必要としている。実際、ジョニーのアイデアをジョブズはあたかも自分のアイデアのように語ることがあり、気に障ることもあったという。