パートナーとしての期間を通じ、M&A候補の知財を見極める
村田製作所は、総合電子部品メーカーとして創業78年を迎え、2021年の売上は1兆8,000億円超、海外を含めると従業員は約8万人を数える。自動車や携帯電話に不可欠なMLCC(積層セラミック・コンデンサー)と呼ばれるコンデンサーを事業の屋台骨とし、IoTセンサーによって職場の雰囲気を可視化する「雰囲気センサー」や医療機器など、新たな領域にも取り組みながら、名実ともに世界的企業へと成長した。
これほどの成長を実現した理由の一つには、同社が行ってきた「M&A(合併・買収)」も含まれている。谷野能孝氏(以下、谷野氏)は、「全体的な売上は好調ながら、地域、製品、市場などの領域ごとに偏りがある。それらを解消し、健全な事業ポートフォリオを実現するためにM&Aや他社への出資を盛んに行っている」と述べる。
谷野氏は、1988年に新卒入社で知財部門に配属され、その後経営企画部門でM&A、新規事業推進部で新規事業を担当し、2019年に知財部門へ帰任という多彩なキャリアを持つ。国内外の訴訟を含め、知財業務のほぼすべてを経験しており、米国での特許申請や知財紛争解決にも従事してきた。
村田製作所は、直近10年間で約12件のM&Aやアライアンスを行っており、その内訳はアナログ半導体のperegrine(ペレグリン)、インダクターの東光のような本業に近い領域の企業・事業が多く、それらの強化がM&Aの主な目的であった。
近年では、「とがった」技術や事業の買収が増えており、たとえば2017年に買収した、医療バイタルデータの圧縮技術を有するViOS(バイオス)や、2021年に買収した「デジタルET技術」を保有するEta Wireless(イータ・ワイヤレス)、5Gに対応するフィルタ設計ノウハウ「XBAR技術」を持つResonant(レゾナント)などスタートアップ企業の買収を行っている。
ただ、新しい技術や領域を獲得するM&Aには積極的であるものの、既存事業の規模拡大のみを目的とした買収や、まったく新しい(飛び地が過ぎる)事業の買収には消極的だ。かつては飛び地に出資することにも積極的で、マジョリティの取得まで進んだケースもあったが、結果として失敗になることが多かったのだという。事業を取り巻くカルチャーも異なり、知見やノウハウをまったく持たない領域であることから、村田製作所とスタートアップ企業が互いに「相手と組めば何でもできる」と過大評価する傾向にあったからではないかと、谷野氏は見解を語る。
しかしながら、既存領域に関わるM&Aについては、“とがった技術”を持つ海外スタートアップの案件が着実に増えてきている。
M&Aの判断については、第三者から提案される「持ち込み案件」であれば短期間でM&Aの判断に至ることもあるが、基本的には少額出資を伴った協業などの「お付き合い期間」を経てから最終的な判断がなされるケースが多い。スタートアップへの多額の出資はリスクも伴うため、研究開発委託の名目の下、相手の実力やカルチャーの親和性を見極める必要があるからだ。また、技術やノウハウを盗まれるのではないかという警戒感を持たれることもあり、その意味でも、研究開発のパートナーとしての関係性を深めることは大変重要なのだと、谷野氏は語る。
「1回目の出資後に追加の出資を依頼されることが多く、その際に事業目標への達成度を確認します。実際に達成していることは稀ですが、2回目までは出資するだけの覚悟が必要だと、個人的には考えています」(谷野氏)