人生を変える「ポジティブな現実逃避」という戦略
今、交通事故から35年以上経過して、一貫していることがある。それは、私は常に「現実逃避」をしてきたということだ。PTSDに耐えきれず、アルコールに逃避する、あるいは、精神科の薬や仕事に逃避してきた。そして、PTSDは完治しないということもわかった。これは、付き合っていくしかない。アルコールという「ネガティブな現実逃避」ではなく「ポジティブな現実逃避」によって、騙し騙し付き合っていくしかない。
人生とは何か綺麗に割り切れるものではない。過去の負の記憶が綺麗に清算できるものでもない。その弱い自分を全面的に引き受けて、一歩一歩、前に進んでいく。でも、それは、意外と楽しいかもしれない。気づけば、自分はなんと幸せなのか。そう思える瞬間が増えた。
後から医師に教えてもらったことだが、私が逃避行動として多摩川の河川敷を走り続けた行為は、自律神経を整える効果があったらしい。今では、定期的にジムに通って軽い運動をする。また、サウナに入るのも習慣になった。これらは、自律神経の乱れ(動悸など)を改善する。
そして、精神科に通うと決めたことは、心理学でいう「自己受容」に当たるらしい。良い部分だけでなく、傷ついた弱さや不都合な現実も含めて、ありのままの自分を事実として認めることだ。
さらに、医師に対して自分の弱みを打ち明けたことは「自己開示」と呼ばれる。特にPTSDなどのトラウマや精神的な不調は、恐怖や羞恥心から他人に話すのが最も難しい。そのハードルを乗り越えたこと、そして結婚前に「自分にはPTSDの症状があり通院しているが、それでもいいか」と妻に尋ねたこと、それを無条件に妻が受容してくれたこと(他者受容)などがプラスに働いていった。
先述した「やればできる」という独り言だが、最近知ったことによれば、これは自分の潜在意識の書き換えや固定観念の打破に役立っているようだ。
私には固定観念があった。「精神科に行くなんて弱い人間のすることだ」。自分の精神は病んでいるとわかっていたが、失業給付金を受け取るようになるまでは、精神科に行くことができなかった。また、「こんな自分が結婚なんてできるわけがない」「誰かを幸せになんかできない」「自分は社会のお荷物だ」。そう思い込んでいる時期があった。
だが、いつの間にか心の澱を溶かすように、あの言葉を静かに呟いていた。「やればできる」「だんだんよくなる」「一歩一歩」など、今では私の大切な口癖だ。
そして、瞑想もするようになった。瞑想とは自分にとって「現実逃避」である。何も考えず、できるだけ頭を真っ白にして、脚の痛みなど事故の後遺症を忘れ、現実から逃げるように、瞑想に没頭する。言霊でも呪文でもマントラでもアファメーションでも、呼び方はなんでもいいのだが、ブツブツと言葉を唱えながら、目を瞑っている。今では、毎朝20分のルーティンになっているが、週末など時間があるときは、1時間以上も瞑想に耽っていることもある。
世界最大のヘッジファンドであるブリッジウォーター・アソシエイツの創業者、レイ・ダリオは、著書『Principles: Life and Work』の中で、「1次的な結果」と「2次・3次的な結果」というコンセプトを紹介している。ダリオは、目先の欲望を満たすだけの「1次的な結果」ではなく、本質的な目標につながる長期的な「2次・3次的な結果」を意識する重要性を説いている。
「なるほど」と私は思った。たとえば、フラッシュバックから逃れようとアルコールに依存する。これは、短期的には「現実逃避」できるのだが、長期的には心身を蝕んでいく。「リハビリと歩行練習」「走ること」「自己受容と自己開示」あるいは「瞑想する」こと、これらは短期的には苦痛であることが多い。だが、短期ではなく長期的な「2次・3次的な結果」はプラスに作用する。私の場合、正直にいうと、長期的な結果を意識していたわけでは必ずしもない。PTSDとアルコール依存症という現実から逃げたいという気持ちが、あるとき、「ポジティブな現実逃避」に導いてくれた。
「思考は現実化する」「引き寄せの法則」などは、真理なのかもしれない。だが、前向きに希望や夢を強く願うと執着が生まれ、上手くいかないのだとよく聞く。であるならば、無意識に嫌な現実から逃げていくだけでも、いいのではないか? もし意識するとしたらネガティブではなくて「ポジティブな現実逃避」を心がけること。大きな夢がなかったとしても、それだけでも、潜在意識は徐々に書き換わり、気づけば、少し幸せを感じている。その現実からの「反発力」や「斥力」が意外と大事なのではないか。



