AI導入の財務・経営的な効果は道半ば、矢崎総業の課題
矢崎総業は1941年創立、自動車用ワイヤーハーネス(車内の電線を束ねた配線部品)を主力とする非上場企業だ。46の国と地域に約22万人の従業員を抱え、連結売上高は約2.9兆円(2026年6月期)にのぼる。丹下氏はグローバルのIT基盤、サイバーセキュリティ、AI活用、ERP導入を統括する。
同社の社内AI活用は先進的だ。国内従業員約1万7,000人のうち、市民開発者(現場でアプリを開発する社員)は5,307人。つくられたアプリやフローは1万4,253件、削減効果は26万5,140時間に達する。社内専用の生成AIの利用者は1万6,572人、月間アクティブは1万1,226人だ。それでも丹下氏は、率直に課題を打ち明ける。
「社長に向かって、財務的・経営的に効果が出たとはなかなか言いづらい。私自身、正直そこが実感として持てない」(丹下氏)
同社は、AIの経営貢献への道筋を描くフレームワークを整えてきた。コスト削減や売上拡大といった財務的価値から逆算し、トップダウンでテーマを選ぶ。その実現要素の筆頭に置いたのが「AI Readyなデータ整備」だった。だが、まさにそこで行き詰まった。
製造業におけるAI活用による業務変革の難しさ
丹下氏が示したのは、製造業にとって重要な過去のトラブル情報の事例だ。トラブル情報は保守だけでなく、新たな提案にも欠かせない。蓄積した不具合・トラブル報告書は2,432件。しかし、AIで活用できたのはわずか27件だった。
原因は2つある。1つは書き方の問題だ。同一の材料が最大12通りの表記に分かれ、矢印や色で補足説明したものもあった。回数を書くべき数値欄に「散発」「トライ多数」といった言葉が入っていた。もう1つは形式の問題で、手書きの帳票を画像として保存するなど、そもそもデータになっていないものもあった。
「マスターデータを統合するだけでは不十分。AIは言葉で捉えるので、表記や意味、つまりオントロジーを合わせないと反応しない。今までのITの常識が変わったと思った」(丹下氏)
問題はデータの量ではなく、状態にある。丹下氏は構造的な原因として、部門ごとに分断された「サイロ化」、担当者の頭の中にしかない「意味・文脈の欠如」、企業内データの8割以上を占める「非構造化」を挙げた。なかでも鍵は意味・文脈だという。部門をまたいで効果を出すには、意味の次元で統合されていなければならない。
三澤氏は「AIモデルの選定以前に、データの整理とデータ基盤のつくり方が問われている」と応じた。講演で示した、使いながらAI自身がオントロジーを育てる仕組みについて、丹下氏は「先にデータベースを置き、使いながら意味づけしていく発想は理にかなっている」と評価する。すべてを整理できなくても、何十パーセントかでも進めば統合は格段にしやすくなると期待を示した。
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