沸騰する中国のシェアリングとIoT
講演冒頭、坂村氏は最近訪問した中国のIoT近況と実態について触れた。近年中国ではシェアリングビジネスと電子マネーが急速に普及しているところだという。
例えば自転車のシェアリングサービス「mobike」は2016年4月のローンチから1年程度で500万台を運用するまで急成長した。ユーザーはスマートフォンアプリから自転車のロックを解除して使う(要利用者登録)。どこで乗っても、どこで乗り捨ててもいい。車体は保守性と洗練さを兼ねそろえた独特のデザインとなっている。
mobikeは車体にモバイルネットワークとGPS通信用モジュールを搭載し、全ての車体の位置情報をリアルタイムで把握している。500万台もあれば動態データから正確な交通状況を把握できるため、行政と連携したりビジネスに役立てている。坂村氏は「何しろ中国は行動が早い。怖いものなし。すごい熱気」と圧倒されたという。
IoTの本質はサービスの連携
さてIoTである。IoTの時代には、データやモノがつながりAPIを通じて連携していくことで様々な課題を解決していく。狭義のIoTだとつなげる対象はモノ(Things)となるが、広義では捉えれば、人ならマッチングサービスであり、金融ならフィンテック、組織ならHRテックのようなデータの連携が価値を生むことになる。これらは「APIエコノミー」と言われる。
坂村氏は「IoTの本質はサービスの連携。将来はモノ、人、組織など何を由来としたサービスか意識せずAPIでオープン連携できる世界になるだろう」と語る。IoTの将来形を「IoS(Internet of Services)」と呼び、今はクラウドで連携する「Aggregate Computing Model」を提唱している。
IoTはモノ同士が直接連携しているように見えるものの、実際はクラウドの中で連携して動作している。そのためIoTの実現にはクラウドが欠かせない。加えてAPIがオープンであることも重要となる。
現状を見ると、いくつかの大企業ではすでに遠隔故障診断や保守予測などでIoTを実践している。しかし問題はクローズということだ。坂村氏は「スケールメリットが小さい中小企業にこそIoTは有益なのに、中小企業には高度な技術者を抱えることはできず導入が困難とい矛盾が生じている」と課題を指摘する。
坂村氏は今後の産業の可能性として、シェアリングの発想やオープンにAPI連携ができることが鍵になると考えている。「個人から大企業までAPIエコノミーで連携していけば、系列や業界を越えたオープンなバリューチェーンマネジメントが可能になる」と坂村氏は言う。また坂村氏によると「ヨーロッパは哲学レベルで考えているが、実際に実現力があるのは日本。基礎研究レベルも高い。中国はいま全土が戦略特区のような状態で急速にビジネスを展開している」と話す。
TRON 30年の歴史からIoTへ:あらゆるものをネットにつなげる目的は変わらず
ここでTRONの歴史に目を移そう。TRONは坂村氏が30年ほど取り組んでいる組み込み用OSを中心としたプロジェクトだ。1989年にはあらゆるものがネットに接続する家(インテリジェントハウス)を実際に建設し、研究していた。2004年の実験住宅には制御用の小型端末があり、大きさや機能はまるでスマートフォンのようである。スマートフォン登場以前にスマートフォンで全てを制御できる家を研究していたということだ。
30年でネットワーク環境が大きく変わった。30年前はまだ広域な通信環境がないため、外部への通信が極力生じないように建物内で処理できるようにしていた。今後IoTの実用化では「通信線アーキテクチャが重要」と坂村氏は言う。人間が携帯端末で使うネットワークなら4Gや近い将来実用化が見込まれている5Gが必要になるものの、IoTなどセンサーデータの通信には「オーバースペック」と坂村氏。例えばLPWA(Low Power Wide Area)など、遅くても消費電力を抑えて遠くまで届く通信方式が現実的だ。用途に応じた回線を選択することも重要になる。
なおIoTの実用化ではセキュリティにも配慮する必要がある。ネットにつながる監視カメラがWi-Fiに接続してわずか98秒後には侵入されたという事案もある。ネットに接続して2分もたたないうちに乗っ取られてしまうのでは、パスワードをデフォルトから変更する時間すらない。坂村氏は「IoT機器を狙うサイバー攻撃は増えています。しかし被害は情報処理で使われるOSが中心で、(当初から組み込み系を想定している)TRONではありません」と断言する。