「イノベーションのジレンマ」は誤訳によって引き起こされている?
続いて登壇したのは慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科特任教授・村上恭一氏。鈴木氏の話を引き継ぐかたちで、大手企業が「イノベーションのジレンマ」に陥ってしまう理由について、より学術的な立場から説明した。村上氏はまず、参加者に、朝日新聞の記事*を参照し、以下のようなことを問いかけた。
あなたは製薬会社の社員です。今は『カラスを寄せ付けない薬』の開発会議中。もしこの場で『<カラス侵入禁止>という張り紙を貼ってみよう』という提案が出たら、みなさんはどう思いますか。もし否定的な意見が思い浮かんだとしたら、それはすでに『イノベーションのジレンマ』に陥ってしまっているということです。
実はこの「<カラス侵入禁止>の張り紙」は東京大学で実際に行われているカラス対策だ。そして3年連続で効果を発揮している。
*1. 星乃勇介「カラス侵入禁止」警告文、なぜか効果 東大の研究施設(朝日新聞デジタル・2017/05/12)
「破壊的イノベーション」は誤訳。本来は「逸脱的イノベーション」
逸脱的イノベーションが強く求められているにもかかわらず、なぜ日本の大手企業はその糸口すらつかめないのか。村上氏は、逸脱的イノベーションに対する誤解が1つの要因になっていると語る。
このセッションではずっと『逸脱的イノベーション』という言葉を使っていますが、世の中では『破壊的イノベーション』という方が一般的でしょう。しかしこれはまぎれもなく誤訳です。そもそも、クレイトン・クリステンセンが提唱したのは『disruptive innovation』という概念で『disruptive』という単語には『破壊的』という意味は全くありません。本来の意味は『あるべきところにないように見えてしまう』というもの。模索すべきは『破壊的イノベーション』ではなく『逸脱的イノベーション』なんです。
「破壊的」という言葉には、すでに存在する概念や価値観を打ち砕くというイメージが強い。しかしそのような前提では、決してイノベーションは起こらない。必要なのは、既存の技術やシステムを本来あるべきではない場所においてみること。つまり「逸脱」させることだ。これは「イノベーションは新しい組み合わせから生まれる」という考えにも通じるだろう。