企業人にフォーカス
――『ビジネスモデル for Teams 組織のためのビジネスモデル設計書』は『ビジネスモデル・ジェネレーション』のシリーズ最新作となりますが、最初にこれらシリーズと本書の位置づけを教えていただけますか?
今津:まず、企業のビジネスモデルを設計するメソッドを解説したのが最初の『ビジネスモデル・ジェネレーション』です。その中で提唱されているのが、ビジネスモデルを可視化して、設計するためのフレームワークであるビジネスモデル・キャンバスです。
ただ、『ビジネスモデル・ジェネレーション』はあくまでフレームワークの提唱と解説がメインなので、これだけだと実際のビジネスにどう活かせばいいのかわかりづらいんですね。そこで、ビジネスモデルの中核となる「顧客への価値提案」にフォーカスした『バリュー・プロポジション・デザイン』が作られました。この本では顧客やビジネスモデルを分析し、仮説を立てて検証し、利益を生むビジネスモデルを作り上げる手法を学ぶことができます。言わばマーケティングに近いですね。
『ビジネスモデル・ジェネレーション』でビジネスモデル・キャンバスの基本的な使い方を知り、『バリュー・プロポジション・デザイン』で実際にビジネスを作っていく、というセットで考えてもらえばいいと思います。
一方で、『ビジネスモデルYOU』もビジネスモデル・キャンバスを利用するんですが、対象となるのが企業やビジネスではなく個人なんです。組織には必ずビジネスモデルがあるように、個人にもスキルやキャリアといったビジネスモデルと捉えられる要素があります。それを可視化し、個人でビジネスを行っていくための本であり、ツールです。
そして本書『ビジネスモデル for Teams』は、ビジネスモデル・キャンバスをチームに適用する方法を解説しています。『ビジネスモデルYOU』のように個人のスキルを重視してキャリアを形成するというのは欧米的な考え方です。企業に属する「企業人」として働くことが当たり前になっている日本では、本書が馴染みやすいと思います。
本書は主にリーダーにとって役立つ内容で、チームを作り人を育て、会社のビジネスモデルに貢献するための方法を学べます。また、チームが会社にどれくらい貢献できているのかを可視化することもできます。
『ビジネスモデル・ジェネレーション』は経営層や会社としての方針を作って示すにはふさわしいんですが、どうしても現場の方やリーダーには理想論やお題目に感じられてしまいます。会社の指示に従ってやればいいだけという空気も生まれがちです。そうなると自分の得意な領域に集中し、市場やビジネスを大局的に見ることができなくなります。
しかし、どんな企業でも、市場を見ながらその変化に合わせて自律的に仕事ができる人材を求めているはずです。特にリーダーやマネージャー層は上からのプレッシャーを感じながら、なんとか人を育てようとしているのではないでしょうか。そんなときに役立ててほしいのが『ビジネスモデル for Teams』なんですね。
実は、本書は制作中に『ビジネスモデルYOU for Enterprise』と呼ばれていたんです。いわば、『ビジネスモデルYOUの企業版という位置づけで、「企業に属する私たち」という意味合いで企業人にフォーカスしていたからなんですが、より本質的な意味にマッチするチームという名称に変わり、非常にピッタリしたと思います。
――チームにとってのビジネスモデルというのは少しイメージしづらいような気がしました。言い換えるとしたらどんな表現になるでしょうか。
今津:ビジネスには全体の設計図ありますよね。これを作るツールが『ビジネスモデル・ジェネレーション』のビジネスモデル・キャンバスです。そしてその設計図に向けて、製造や開発、営業やマーケティングといったそれぞれのチームが最適化していかなければなりません。そこで役立つのが『ビジネスモデル for Teams』なので、本書は各チームが最適な仕事をするための設計図の作り方を提示していると言えます。
リーダー育成のために
――今津さんは企業研修も行われているそうですが、その中で『ビジネスモデル for Teams』はどんな役割になりますか?
今津:私はこれまで『ビジネスモデル・ジェネレーション』と『ビジネスモデルYOU』を用いた企業研修を行ってきました。2冊を組み合わせることで、個人が持つリソースでいかに会社に貢献するかという内容の研修を行うことができます。
参加者は非常に意欲の高い方がほとんどなんですが、どうやら男性の多くには『ビジネスモデルYOU』の内容が響きづらい傾向があります。
多くの場合、無意識に会社への帰属が刷り込まれているからではないかと思います。そのため自分のライフプランをキャリアデザインと連動させるという発想がしづらいんですね。「5年後どんな自分になっていたいか、何をしたいか」と尋ねても、男性はたいてい答えに詰まってしまいます。
研修では自分自身がどんなリソースを持っているのかを書き出してもらうんですが、これもなかなか書けないんですよ。こちらが「明るい人だからチームの和を保てますよね」と指摘して初めて気づくという感じです。自分には特に得意なことは何もないと考えてしまう方もいるほどです。
逆に、女性には『ビジネスモデルYOU』がとてもよく響く傾向が見られます。いい意味で自分の利益に貪欲なので、自分のライフプランがキャリアデザインと合致していることが重要なんです。そのため、会社でどれほどいい成績を残していてもその環境がライフプランとそぐわなかったら、躊躇せず辞めてしまう方もいらっしゃいます。
そこに今回、待望の企業人にフォーカスした『ビジネスモデル for Teams』が登場しましたので、個人よりも企業人に注力しがちなビジネスパーソンの方にも腑に落ちる最適な研修プログラムを提供できるようになると思います。
――本書の発売は反響が大きそうですね。
今津:少し前から、本書のコンセプトを研修でお話ししています。すぐにでもほしいとおっしゃる方が多く、やはりどの企業もチームや人材育成において課題を抱えているんだなと改めて感じました。
日本では、若いうちはプレイヤースキルで出世できますが、そのままプレイヤーとして出世するモデルがほとんどありません。チームを統率するのは得意でなくても、ある段階から管理職にならないといけませんよね。
企業はどれほど個人スキルが優れていても、プレイングマネージャーのような形で管理職に昇格させてしまいます。すると、プレイヤーとしてのスキルはいま一つでもチームを統率するのが得意な方はどんどん評価される一方で、プレイヤーとしてのスキルは充分にもかかわらずマネジメントが苦手な方が評価されにくく、差が広がっていきます。
ここで問題となるのは、プレイヤーとしてのスキルに優れた方をその役割のまま評価するシステムがないこと。それと、多くの企業でそういう方が中間管理職になっているので、うまくチームや人が育たず、結果も残せていないということです。実はそういう課題を抱えながらも、どうにもできない中間管理職の方が多いようです。
つまり、日本の企業の多くで今、中間管理職がビジネスのボトルネックになってしまっている現実があります。また企業としても、次世代の管理職やリーダー、幹部候補を育成しないといけないと思いながら、具体的な方法論がないのが課題になっています。
ですので、リーダーを育成したい経営層の方、これからチームを率いるような方に『ビジネスモデル for Teams』を読んでいただきたいですね。
――採用に携わる人事の方にも役立ちそうです。
今津:たしかにそうですね。人を大量に採用して残った人が会社を回すという時代が終わり、人事は人材確保や人材育成といった経営課題をサポートする役割になってきたと言われています。今 お話ししたような自律型の人材や中間管理職の教育も人事が行う時代になっていくでしょう。ですので、本書は組織を改革したい人事の方には必読と言えるかもしれません。
可視化して議論するためのツール
――本書はどういう課題を解決するのに役立ちますか?
今津:本書の大きな目標の一つは、可視化することです。そもそも、日本企業はあらゆることの可視化ができていません。部下が不備のあるデータを示したとき、上司が「いつも言っているじゃないか!」と叱る状況に覚えのある方もいるのではないでしょうか。実際には誰にも伝えていないし、資料として書いてもいないんですが、上司の頭の中では確かに考えてはいるんですよ。
本書では皆さんの頭の中を可視化するメソッドが解説されています。可視化せず口だけの空中戦になると、どうしても感情論に陥りがちです。なので、上司も部下も一緒に、平等に手を動かさなければなりません。そうすることで、部下は問題提起でき、上司は課題に取り組む体制を取れるようになります。本書で紹介しているキャンバスを用いれば、いわばプレゼンと検討が同時にできるんですね。
自社ではきちんと可視化できていると安心している方もいると思います。ですが、それは本当に活かされているでしょうか。目的や方針がないままディティールや重要でないことばかりをまとめただけかもしれません。
ビジネスモデル・キャンバスはよく中期計画書と比べられるんですが、分厚い中期計画書があっても1枚のビジネスモデル・キャンバスを埋められないことがあります。根幹となる部分が抜けているんですね。
ディティールにこだわることが悪いわけではありません。ですが、大局的に見ることができていないと、いくらディティールにこだわっても意味がありません。まずは全体像を可視化することを意識してもらえればと思いますね。
ただ、ビジネスモデル・キャンバスを使うのは、可視化すること自体が目的ではないんです。これはアウトプットするツールではなく議論するためのツールであり、その議論をも可視化していきます。
キャンバスに書き込んでいくときも、きれいに作り上げることは重要ではありません。書き出すのはあくまでプロセスであり、答え合わせではないんです。そのプロセスの中でアイデアを磨き、自分たちの仕事に取り込んでいくわけです。
本書が『ビジネスモデルYOU』や『バリュー・プロポジション・デザイン』よりも受け入れられる可能性を秘めているのは、こういった部分にあると思います。
キャンバスを定着させること
――本書を読んで実践したとして、どうなれば成功だと言えますか?
今津:本書に取り組んで1回キャンバスを完成させて終わり、とならないことです。市場も顧客も、そして企業自身も常に変化しているので、ビジネスのプロセスの中に本書の方法論を定着させていくことが大事なんです。
現状で最高のキャンバスが作れたとしても、それが常に最善なわけではありません。だからこそ、どんな形でもいいので、キャンバスを継続的に利用するように習慣づけて、定着させてください。そうなれば大成功だと言えます。
キャンバスがチームで定着すれば、そのたびに課題が見えてくるでしょうから、大きな失敗を回避することができます。そうすればビジネス自体も成功に近づくはずです。