素質やスキル、実績を見込まれ、将来を嘱望されて入社したものの、十分に活躍しないまま短期間で退職したり、成果を上げられずくすぶっている――あなたの組織にそんな人材はいない(いなかった)だろうか? そんな人材が多いとしたら、「野心のマネジメント」が不足しているのかもしれない。本書では、企業のトップやマネジャー、新入社員に至るまでのすべての構成員が、充足感を持って働き、各々の成果を会社の成長に結びつけるための「野心(ambition)のマネジメント」について論じる。画一的な人事評価システムや教育・研修プログラムにしばられることなく、上司やチームリーダーなどが、部下やメンバー一人ひとりの行動の原動力となる「野心」を理解、尊重。そしてそれを上司やリーダー自身の、あるいは会社としての「野心」につなぐことが、全員の充足感を醸成する、というものだ。著者の二人はいずれも企業コンサルタント。ドロシア・アシーク氏は20年以上にわたり大企業の経営者向けにマネジメントのコーチングを行っている。
才能ある人材を開花させるのは「コントロール」では決してない
たいていの企業には、革新的なアイデアを生み出すなど、高いパフォーマンスを上げるポテンシャルを有する人材が存在する。だが、残念ながらそうした人材を十分に生かしきれていない会社が少なくない。
その理由の一つは、会社が導入している教育・研修プログラムや人事評価システム、そして上司のマネジメントが、個性を枠にはめて抑圧し、平均化してしまうからだと考えられる。
経営幹部や管理職、人事担当者は、人材の才能とポテンシャルを認めたがゆえに採用し、入社後もテストや人事評価によってその実力を確かめているはずだ。だが、問題なのは彼らに、認められた才能や実力を発揮する機会がほとんど与えられないということだ。
才能ある人材の上司となるマネジャーは、トラブルを未然に防ぐための規則やガイドラインで行動を制限され、非現実的とも思えるような目標を上から押しつけられる。そして、経営陣から部下への管理能力を評価されるというプレッシャーにさらされるうちに、失敗を恐れて部下をコントロールするようになってしまう。
だが、本来の上司による部下のマネジメントは「コントロール」では決してない。私たちが提案したいのは「野心(ambition)のマネジメント」である。
あなたの会社に集まってくる誰もが、何らかの希望や動機を持ち、自らのスキルやリソースを使って何かを成し遂げたいと願っている。彼らの上司となるマネジャーの役目は、そんな彼らの野心に気づき、才能を開花させるには何が必要かを考えることだ。
野心と言っても、単なる地位や役職に対する功名心や名誉欲による「出世の野心」だけではない。もっと広い意味の、各々のさまざまな目標に向けて、行動に方向性を与えるものだ。それは、たとえば「ヒット商品を開発したい」「新市場を開拓したい」といった実務的なものから、「事業を通して平和な社会に貢献したい」「地球環境問題の解決に取り組みたい」といった大きなものまで、多様である。
野心は個人に内在する自律的な原動力であり、外部から与えられるものではない。上司としてできるのは、その原動力を引き出すべく刺激を与えることと、彼らが野心に向けてできる限り自由に行動できる環境を用意することだけだ。本人の素質や才能が発揮できるよう、また、それによって本人が充足感や満足感が得られるよう、仕事の指示や指導のやり方を工夫し、適切なコミュニケーションやアドバイスをしていくべきだ。
野心には、「ヒトラーの野心」というように、大言壮語であったり、他者を追い落とそうとしたりといった、ネガティブなイメージもある。だが、有能な人材が抱くであろう野心は、たいていポジティブなものだ。さらに言えば、過去のネガティブな経験をポジティブに転換させるのも野心の力だ。たとえば自分が受けた手術をきっかけに人工皮膚の改良に取り組み、画期的な商品を開発したケースがそうだ。
スタートアップやベンチャーでは、野心がすべての原動力となっている。参画者の誰もが自分が得意なことに取り組んでおり、全員、自分のやりたいことが明確になっている。だが、もちろん野心は新興企業の専売特許ではない。安定した大企業にも野心を持った人物は多数おり、彼らが力を発揮することが企業の成長の原動力となる。
部下が得意なことは何か、どんなことに関心を持っているのか、何に不安を感じるか――そうした一人ひとりの特徴や野心を知らないでいると、行き違いが頻発し、人事評価を誤ることになりがちだ。おまけに、チームワークを重視しすぎたり、過度に画一的な査定基準で評価したりすると、部下の不満は募るばかり。すると彼らの目標は、本来の「野心」からズレていく。報酬アップや、高いポジションといった外形的な要素が目標になり、本来の才能が伸びる機会を失ってしまうのだ。
適性テストの結果や人事評価を鵜呑みにせず、部下と直接コミュニケーションをとることで、彼らにどのような野心や得意分野があるかを把握し、理解を示すことだ。そうすることが、彼らの自己認識を「会社の中の小さな歯車」から「尊重されている」という肯定感に変えるとともに、「私は信頼されている」「私にはできる」といった確信と自信を育てることにもつながる。