生き残るには2種類の事業変革を
初めに悪い知らせ(もうご存じのはず)とよい知らせをお伝えしたい。悪いほうは、当たり前といえばそうだが、旧式の事業というのはいわば恐竜のようなもので、恐竜と同じ運命をたどる恐れがあるということ。つまり、絶滅だ。
成功している企業はどこも、スタートアップやテクノロジー企業、革新的な企業に脅かされている(図0.1)。よいほうの知らせは、企業が(恐竜とは違って)深刻な変化に備えられることだ。本書の目的は、企業に変革の道筋を示し、脅威に備えて成功をつかむ手助けとしてもらうことだ。
結論から言おう。従来型の企業は変革を2度行う必要がある。伝統的な中核事業を変革しつつ、同時に新しい破壊的な(デジタル)事業を立ち上げる必要があるのだ。業種や拠点や規模に関係なく、あらゆる企業が、質の異なる2つの世界のバランスをとっていかなくてはならない。
ミシュラン社(Michelin)、フォルクスワーゲン社(Volkswagen)、アンハイザー・ブッシュ・インベブ社(Anheuser-Busch InBev[AB InBev])、ネスレ社(Nestlé)、ノバルティス社(Novartis)、BNPパリバ社(BNP Paribas)などの巨大有名企業も、オハイオ州の精密機器メーカーのメトラー・トレド社(Mettler-Toledo)、スイスの総合テクノロジー企業のビューラー社(Bühler)、インドネシアのBTPN銀行などの中小規模の実力派企業も、状況は同じだ。これ以外にもたくさんの企業に取材を行ったが、このような企業なら安泰だという確固たる基準はないことがわかった。期待外れなら申し訳ない。
しかし、いったいなぜなのだろう? 端的に言えば、デジタルトランスフォーメーション(以下、DX)において企業を規模や拠点で分けて考えるのは間違いなのだ。各産業の成熟度によって変革の緊急性が異なるので、業界による違いならありそうだ。だが、一番効いてくるのはやはり企業の古さであり、「スタートアップ vs. 従来型の企業」の構図が出来上がっている。
体制とインフラストラクチャー、思考様式の面で固定観念にとらわれにくいスタートアップは、従来型の企業と比べてたやすく破壊的イノベーションを立ち上げる。一方で従来型の企業は、複雑かつ面倒な組織がらみの悩みが多く、スタートアップのようにすばやい行動をとれない。既存領域での成功を維持しながら同時に新しい領域でも成功をつかむのは困難であり、これを解決する包括的なコンサルティングサービスはない─少なくともいまのところは。私たちは本書を通してこの難題に取り組んでいく。
ありがたいことに、企業が立ち向かわねばならないデジタル世界の状況は、想像するほど絶望的ではない。それどころか、企業がいざ破壊的イノベーションに踏み出す気になれば活用できるチャンスが大量に眠っている。本書で扱う人工知能やプラットフォーム型ビジネス、product-as-a-service(製品のサービス化)、カスタマージャーニー(訳注:製品購買やサービス利用に関連する顧客の一連の行動や感情を図式化したもの)のデジタル化など流行概念をもとにした、あるいはこれらの概念と組み合わせたビジネスモデルイノベーションは、破壊的イノベーションの一端だ。
ただし、私たちはただ流行り言葉に乗るのではなく、真新しいビジネスの創出というこれまでにない要素が求められる難題について、企業が理解するだけでなく克服するための方法を明らかにしていく。マネジメント本を好む人なら、何らかの書籍や理論ですでに破壊的イノベーションの必要性が論じられていることをご存じだろう。
たとえば「ブルー・オーシャン戦略」は、強大な競争相手と限りある利益を奪い合うのではなく、これまで手つかずだった市場で新たな需要を生み出す方法を説く。「3つの地平線」では、イノベーションを実現時期に応じて異なる3つの地平線上に分類するが、各地平線の実現時期が徐々に早まっており、硬直的な成熟企業は不利に、敏捷性のある革新的な企業は有利になる。
しかし、まだ足りないものがある。それは、特に変革を実行するうえで、中核事業と破壊的な新規事業の成功要因とはどう異なるのか、この2種の事業が同時に存在する際に必ず生まれる緊張状態をどう扱えばよいかを明示する、具体的な手引書だ。本書はまさにそれである。あらゆる組織のさまざまな役職のDX実践者に向けた、包括的な2階層のDX実現の旅路をスタートからゴールまで導く手引書だ。
世界を飲み込むソフトウェアの波──適応方法がわからないままの企業
デジタル化は複雑で刺激的、そして冒険的だ。自動運転車の実現計画は、自動車業界が移動について一から考え直し、大きな投資を行うきっかけとなった。新世代の移動サービスを提供する共同出資事業を立ち上げたダイムラー社(Daimler)とBMW社がその一例だ。
今や、地下鉄で出勤途中にスマートフォンで病院の診察予約をとれるようになり、不動産物件は1つずつ車に乗って見て回らずともオンラインで検索ができる。デジタル化がマイナスに働いた例としてはノキア社(Nokia)とコダック社(Kodak)の倒産が有名だが、ほかにもナイキ社(Nike)はデジタル部門の規模を半分に縮小し、レゴ社(Lego)はバーチャルでブロックを組む「デジタル・デザイナー」プログラムへの投資を停止し、P&G社の「地球上で最もデジタルな会社」になるという目標は頓挫した。
あなただって一度は「デジタル化の影響で自分の仕事はどうなるだろう」と考えたことがあるのではないだろうか。全職業のうち6割において、作業の3割以上が「自動化」可能であり、自動化とデジタル化の結果としてかなりの業務スキル転換が求められると聞くと、不安はいっそう募る。一人ひとりの個人が、場合によってはある職種全体が、デジタル化を恐れているというのも理解できる。
デジタル化は私たちの生活、仕事、コミュニケーション、商品やサービスの消費のあり方に影響を与え、企業の経営方法にも甚大な変化をもたらす。というのも、過去に確立されたビジネスのルールやベストプラクティスが急速に賞味期限を迎えつつあるからだ。
さらには、成熟企業は新興スタートアップやテック企業の参入に脅かされ、同時に業界同士の境界線もぼやけつつある(がん検診と肥満診断に乗り出してヘルスケアとバイオサイエンス業界にも手を広げたグーグル社[Google]がよい例だ)。また、デジタル化は難題ももたらす。中国企業による競争の激化(アリババ社[Alibaba]の北米や欧州進出の可能性)、消費者の好みの劇的な変化(テレビを好きなときにストリーミング視聴する文化の誕生)、エコシステムやプラットフォームといった新しいデジタル概念の誕生(外部のソフトウェア開発者コミュニティのプラットフォームでないモバイルOSなど、想像できるだろうか)。
こうした傾向はここ数年で一気に勢いを増した。ところが、デジタル化が生む変化をどのようにしてうまく乗り越えるかの明確な展望を持つ成熟企業は、驚くほど少ないのだ。長期的な成功をつかみたいなら、どんな企業も自社のビジネスを再考すべきときだというのに。ここで残念な話を1つ。デジタルという「魔法の粉」を既存の中核事業にちょっと振りかけたところで、うまくはいかない。ビジネスを根本から徹底的に見直す必要がある。これこそが、DXなのだ。
いかにも恐ろしいものに聞こえるが、こういった大規模な変革は何も新しいものではない。18世紀の産業革命は働き方に劇的な変化をもたらしたが、DXもこれに似て、広範囲に影響を及ぼすだろう。単なる変革なら、おそらく多くの組織で絶えず発生している。だが、DXはその速度と影響度の点で前例がなく、だからこそ経済と社会に甚大な変化を引き起こすのだ。
経済とビジネスの観点から言えば、デジタル化の美点と強力さは、どのようなデジタルの産物もまるごと複製でき、世界中の事実上無限の顧客に限界費用ほぼ不要で提供できるという点である。じっくり考えてみてほしい。限界費用ほぼゼロだ。これはつまり、あるデジタル技術があるアナログ技術に取って代わった場合、控えめに言っても、変化は全体に行き渡り、よってその技術に関連する企業や業界に根本的な影響を及ぼすということだ。
一番利益を得られるのは、デジタル専業の企業だ。制限なく規模を拡大でき、しかもコストは激減する。一方で、非デジタルな既存資産に基づく制約(クラウドコンピューティングに物理的に移行できないなど)に縛られたままの企業もいるが、その場合でもデジタル化を活用できる可能性はある(クラウドコンピューティングの需要の急増を見てほしい)。
ビジネスを基盤から設計し直すからこそDXは会社にとっての新しいチャンスの大波となる。こうした根本部分の破壊こそがまさに、管理職も従業員も一様に行うコスト削減策のような平凡な業務改革と、DXとが構造的に異なる理由だ。
言い換えれば、真のDXとは、既存のビジネスモデルを支援するITシステムの導入だけではない。(a)企業の既存の中核事業がどうすればデジタル化により利益を得られるかを念入りに検討すると同時に、(b)顧客のために価値を創出する新しい(デジタル)手段を模索して実現するという、2種類の変革が必要である。よって、DX完了後に向けて、2種類のビジネスを同時進行する形に、ビジネスを根本から再設計する必要がある。
これまでは、デジタル化は企業に重要な影響をもたらしながらも、どこか力を発揮しきれていない部分があった。従来のプロセスを維持したまま既存システムの表面的な「飾り付け」として導入されたようなもので、多くの企業ではビジネスモデルの徹底的な再考にまで至らなかった。
それとは対照的に、デジタル資産を基盤に業務を構成し、どこからでもアクセスできるデータとインフォメーションフローを中心に構築された事業は、従来とは大きく異なるプロセスと制約を持つようになる(これが真新しいデジタル事業だ)。前者の「中核事業のデジタル化」はあらゆるDXに必須だが、企業の未来は後者の「デジタル事業」にかかっている。
極端な例だが、業務をすべてデジタル空間で行うオンライン企業をイメージしてみてほしい。アマゾン(Amazon)で価格変更があった場合に人の手は必要ない。フェイスブック(Facebook)の新規登録者をいちいちチェックする人間もいない。その結果、組織が成長の妨げになることはなくなり、これまであった拡張性の限界が事実上なくなった。
本書ではこうしたデジタルネイティブな会社やスタートアップに主眼を置くわけではないが、彼らのビジネスモデルや戦略から学べる点は豊富にあり、間違いなく既存事業の参考になる。とりわけ自社のデジタル事業立ち上げに対する考え方のヒントとなり、未知のデジタル領域に漕ぎ出す際の糧となるだろう。