本記事は『失敗事例から学ぶ! マネージャーの思考術 管理職の“落とし穴”に陥らないための具体と抽象の往復トレーニング』の「1 チームの心理的安全性」から抜粋したものです。掲載にあたって編集しています。
メンバーの貢献を引き出す「チームの心理的安全性」
メンバーが自律的に貢献できないのは組織にとって大きな損失
皆さんは、自分より立場が上の人たちばかり集まる経営会議などの会議に参加したことはありますか? もし経験がなければ、入社して最初に参加した会議について思い出してみてください。
そのような会議で率直に自分が思ったことを発言できましたか? もしかすると、発言すること自体に心理的な障壁を感じたのではないでしょうか? では、なぜそのように感じるのでしょうか? それは相手の反応が予測できないことに恐れを感じ、相手の意にそぐわない発言をしてしまったときのリスクを考えてしまうからです。
また、権力勾配が急で、一部の人たちしか自由に発言できない雰囲気が醸成されていることも考えられます。その結果として、人は意見があっても発言することをためらってしまったり、当たり障りのない発言をしてしまったりします。
これは何も会議に限った話ではありません。例えば、上司からの指示が明らかに間違っていても、それを指摘できなければ、組織全体が損失を被る可能性があります。また、画期的なアイデアを思いついたとしても、それを意思決定者に伝えなければ、何も思いついていないのと同じことです。
このように、メンバーが意見を持っているにもかかわらずそれを生かせない状況をつくってしまうのは、組織にとって大きな損失となります。意見を引き出し、活用できる場づくりが組織の成功に不可欠なのです。
心理的安全性が高まれば、メンバーが発言しやすくなる
では、率直に自身の意見を発言しやすい状況とは、どのようなものでしょうか? 例えば、社内での同期の集まりや、同じ悩みを持つ人たちが集まる社外の勉強会などが挙げられます。これらの場では、誰も相手の意見を否定することなく、自由に意見を交わすことができ、建設的な意見が生まれやすくなります。
このような場は、高い心理的安全性が確保された環境と言えます。役職や立場にかかわらず誰でも率直に意見を発言できることが特徴です。限られた人的資源を最大限に活用し、チームを効率的に運営するために、マネージャーには心理的安全性を高めることが求められます。メンバーの能力を最大限に引き出してチームのパフォーマンスを向上させましょう。
各メンバーが貢献しているという意識を持つことで成果が出る
心理的安全性が高いチームでは、自分自身の意見が結果に反映される機会が増えるため、各メンバーがチームに貢献しているという意識を持てます。
例えば、皆さんが新商品のラベルに不備を発見して指摘してトラブルを未然に防げたら、組織の損失を皆さんが回避したことになります。また、皆さんの知人を通して新たな販路を開拓できた場合、組織の収益に皆さんが直接貢献したことになります。どんな些細なことでも自分の言動で組織に影響を与えることができれば、メンバーの自律性が高まり、貢献意欲も高まります。一方で、どれだけ組織が成長しようが、どれだけ収益が上がろうが、自分が貢献している意識がなければメンバーの自律性は高まりません。
事例1 相談しやすい雰囲気をつくったが、離職率が上昇した
メンバーの相談を受けるための1on1ミーティングの設定
T事務所は100名以上の税理士を要する歴史ある税理士法人です。T事務所では大手企業の案件をチームで受注する体制を採用しています。近年、海外から受注する案件が増えてきたことやDXへの対応の必要性などに伴い、メンバー各々がより多角的なスキルを身につける必要が出てきました。
T事務所の人事部門のマネージャーであるGは、若手メンバーの自律的な成長のためにメンター制度を導入しました。この制度では、経験あるメンバーが各若手にメンターとして割り当てられ、定期的な1on1ミーティングを行うことになりました。1on1ミーティングは社外のカフェなどで実施することが推奨され、自律的な成長を目指しているためメンターは若手の話をさえぎったり否定したりせず、しっかりと耳を傾けるように指導されました。
定期的に開催される1on1ミーティングでは、若手メンバーは現場での不満や悩みなどを語り、メンターもそれを傾聴することに徹したため、社内全体に若手が意見を言いやすい雰囲気が醸成されました。若手メンバーからの評判も良く、Gはメンター制度を導入したことに満足していました。
メンバーの不満が続出して退職者が急増した
メンター制度を導入して半年くらい経ったときです。突然退職者が増え始めました。驚いたGは、退職意向を示したメンバーへのヒアリングを開始しました。Gがヒアリングしたところ、1on1ミーティングに原因があることがわかりました。心理的安全性が高まったことによって、若手メンバーはスキルの身につけ方から社内の人間関係まで、メンターに対してありとあらゆる相談をしていました。
しかし、メンターたちはそれらを聞くだけで、若手メンバーに対して、それらを自律的に改善するための具体的なアドバイスをしていませんでした。相談しても何も変わらないと感じ、若手メンバーは絶望して退職していることがわかりました。
「頑張って心理的安全性を高めたことがあだとなるなんて……」とGは頭を抱えました。
メンバーと友だちになってはいけない
Gはメンター制度を導入し、1on1ミーティングによって若手メンバーが何でも相談しやすい環境を整備しました。それ自体は悪い施策ではなく、若手メンバーは率直な意見を経験豊富なメンターに話せるようになりました。
しかし、T事務所ではメンターが若手メンバーにとって仕事の愚痴を聞いてくれる友だちのような存在になってしまいました。心理的安全性が高まり、若手メンバーが何でも相談できるようになった点は良いのですが、メンターは若手メンバーの相談に対して自律的に問題を解決するように促すため、適切なアドバイスを行う必要があります。
事例2 メンバーを毎日褒め続けたら他責思考が蔓延した
マネジメント研修で教わった褒めることの重要性
U社はリテール営業に強みを持つ中堅証券会社で、各若手メンバーに専任の指導員を配置し、直接指導にあたる形式で若手を育成しています。NISAの普及に伴って若年層の個人投資家が増えたこともあり、今後は若手メンバーに裁量を与え、自律的な組織への転換を目指すことになりました。
入社5年で指導員に抜てきされたIは、方針の転換に伴い外部のマネジメント研修に参加しました。研修では、心理的安全性の重要性が繰り返し指摘され、トップダウンで現場に命令・指示を出す文化が根強いU社で働いてきたIにとっては、目から鱗が落ちる内容でした。
Iにとって特に印象的だったのは、相手を褒めることの重要性についてでした。研修の中では、他の参加者とペアになって相手の良いところを見つけて褒める練習もしました。
3人の若手メンバーの指導を担当することになったIは、毎日の日報への返信や直接会った際に褒めることを心がけました。例えば、初めて顧客のアポイントが取れたことや日報の文章がわかりやすくなったことなど、どんな些細なことであっても褒め続けました。特に直接会って褒めたときには、若手メンバーが喜ぶ顔を見ることができて、そのたびにI自身もすがすがしい気持ちになりました。
Iの気さくな性格もあり、若手メンバーたちとの距離は縮まり、仕事上の相談を受けることも増えました。そのたびにIは、できるだけ褒めるようにして、トップダウンの指導はしないように心がけました。
メンバーが考えなくなり、現場で問題が続出した
Iが3人の指導を担当するようになって半年ほど経過したときです。Iは同僚から良くないうわさを耳にしました。Iが担当している3人の若手メンバーがたびたびトラブルを起こしているというのです。
あるときは若手メンバーが顧客に間違った情報を伝達してしまい、顧客からのクレーム対応に上司が奔走したそうです。若手メンバーからは反省の言葉もなく、上司はあきれ返ったそうです。
またあるときは支店でトラブルが発生し、全員が力を合わせて解決しようとしているときに、若手メンバーは気にする様子もなく定時に帰宅したそうです。翌日若手メンバーに理由を聞いた支店長が言われたのは、次のような言葉でした。
「新人の私がいても邪魔になるだけだと判断したので帰宅しました」
Iは若手メンバーたちから日報をもらっているのですが、このような内容は記載されていませんでした。不審に思ったIは、3人の若手メンバーを集めて話を聞くことにしました。このときにも、一方的に叱るのではなく、できるだけ褒めることを意識しました。
Iがひと通り話し終えたときに3人から聞かされたのは驚くべき内容でした。
「Iさんのことは信頼できないので、ほかの指導員に代わってもらえませんか?」
因果関係のある発言をしなければいけない
Iは褒め続けることで心理的安全性を高めようとしました。それ自体の善悪はここでは問いませんが、Iの失敗は、何でも褒め続けたことです。
例えば皆さんが、予算の2倍もの売上を上げたときと、わかりやすい文章を書けたときとで同じように褒められたとしたら、どのように思うでしょうか? あるいは、些細なミスをしてしまったときにも、反省するきっかけを与えられるどころか前向きな言葉ばかりをかけられたらどうでしょうか?
何が褒められるべきで、何がそうでないのかが、わからなくなってしまうのではないでしょうか。また、そのような発言をしてくる指導員を無責任だと感じるかもしれません。会社は学校や学習塾とは異なり、雇用契約にもとづいて業務を進め、提供した役務に対して対価が支払われるというビジネスの場です。明文化されているかどうかにかかわらず、お互いに合意して業務内容を決めているので、従業員にはそれを遂行する責任があります。この一連のプロセスを進めやすくするために心理的安全性を高めるならば問題はありませんが、表面的な聞き心地の良い言葉ばかりが並ぶと、逆に「上司には良いことしか報告できない」「期待に応えようとして本音が言えない」という心理的プレッシャーを与えてしまう可能性があります。言いたいことが言えなくなったのでは本末転倒です。
思考術 心理的安全性と結果責任はセットで考える
チームの心理的安全性でよくある勘違い
- メンバー同士が仲良くなれば心理的安全性が高まる
- 心理的安全性とは従業員のストレスを減らすことである
- 心理的安全性を高めるだけで、チームの成果が出るようになる
心理的安全性だけを高めると組織が崩壊する
T事務所のGはメンター制度を導入して1on1ミーティングを実施し、メンターが聞き役に徹することで話しやすい雰囲気を作り出しました。また、U社のIは若手メンバーとの距離を縮めるため、褒めることに注力しました。
これらの施策自体は、実際に多くの組織で実施され効果的なものです。今回の問題は、GとIが心理的安全性を高めることだけに集中してしまった点にあります。
皆さんにも、チーム一丸となって必死に急激な売上低迷の対策を考えた結果、強いチームに生まれ変わったり、不良品を生み出した原因を必死に考えたことで強固な生産プロセスが生まれたりした経験がありませんか?
対策を考える過程では、メンバーに心理的な負荷がかかることもあります。しかし、その負荷を共有し乗り越えることでチーム内に強い信頼関係が生まれ、自由に意見を言い合える環境が形成されるのです。具体的なフィードバックで結果責任を適正に追及することで組織が強くなる
GやIのような状況に陥らないためには、図のように心理的安全性を高めることに加えて、メンバーに対して結果責任を追及することが重要です。なぜなら、心理的安全性の目的は顧客や社会、企業全体の利益を守ることであり、従業員のストレスを減らすことではないからです。
心理的安全性を高めることでメンバーが発言しやすくなったとしても、結果につながらない発言が多ければ、チームとして成果を出すことはできません。結果を出すためには、各メンバーが自律的に真剣に考え、責任を持って発言や行動をすることが求められます。
半期に一度の面談で曖昧なフィードバックを伝えるだけでは結果責任を追及したことになりません。日々の業務の中で、行動レベルまで落とし込んだ具体的なフィードバックをタイムリーに行うことで初めて、メンバーは自分の役割と責任を理解し、結果責任を育めます。例えば、皆さんがフィードバックを受ける立場だったとして、いきなり次のように抽象的なことを言われても心に響かないはずです。
「もう少しお客さんのことを考えて行動したほうがいい」
「もう少し目線を高くして現場を見てみよう」
このような抽象的なフィードバックは、次のような日々の具体的なフィードバックがあって初めて効果があるのです。
「先ほどの会議で使っていた〇〇という単語はお客さんに使う言葉としてはふさわしくないから、次からは〇〇と言い換えたほうがいい」
「中長期での人材育成を考えると、現場の〇〇という単純な業務はアウトソーシングして、現場のメンバーがお客さんに会う時間を増やしたらどうか」