ミャンマーでの経験からの気づき
モノやサービスを考えるときに、データやコンセプトから発想することは誰もがおこなう。しかし、それだけでは抜け落ちてしまう「何か」がある。様々なシーンでの人との出会い、観察、交流といった作り手の経験は、生み出された製品やサービスに反映され、価値を加える。UIやUXをテーマにしたXPD2015では、こうした広い意味での経験=エクスペリエンスの価値についてフォーカスしたプレゼンがおこなわれた。
オープニングに登壇した林千晶さんは、昨年ミャンマーをリサーチのため訪問した経験を話した。林さんが訪れたのは首都ヤンゴンではなく、舗装されていない道を車で5時間かけて着いたデルタ地帯の農村。「一番良いカフェに連れて行ってあげる」と言われ行ったカフェは、雨期のため水に浸かり、水牛がいた。紅茶を頼んだところ、小袋に入ったティーバッグがきた。それが、世界で一番消費されている紅茶だということを、林さんはあらためて知る。比較的裕福と言われる民家に言って、家族の話を聞いた。「彼らはみんな噛みタバコを噛んで、話をしながら床の板を一枚開けた地面に、タバコをペッと捨てる」そんな不思議な空間に戸惑いながらも、林さんは現地の人々と深いレベルのコミュニケーションをはかっていく。
インタビューをしたミャンマーの比較的裕福な家族の一人に「今、何が一番欲しい?」と聞いたら「スマホが欲しい」と答えました。ミャンマーって水田が広がっているんですね。多くの人がお米をつくっています。今は一毛作なんだけど、どうやって水田の水はけを良くすることができるかっていう情報をとることが出来たら、もっとお金が入ると思う。そういう情報を得たいと彼は言いました。
林さんのこの調査の経験は、それまでの考え方を大きく変えたという。それまで、林さんはスマートフォンの商品開発そのものには、イノベーションの余地はもうないと思っていたという。
この体験をした時に、「あ、自分はなんてものごとを小さい目で見てたんだろう」と。携帯っていうものが、世界に果たせる役割は、もっともっと大きくて、それはコンピューターとは全く違う。もっとも早く立ち上がっていく公共インフラになるんだなと。
通信インフラのない途上国でのモバイル市場については、日本の企業も意欲的だ。ATMも銀行もない地域で、携帯のプリペイドカードを使った送金システムが生まれ、途上国の金融システムとしても急速に立ち上がってくるだろう。しかし、林さんが気づいたのは、そうしたモバイルの市場拡大の可能性だけではない。世界には通信手段によって克服できる課題がまだまだある。気がつけば、林さんの父親もまだスマホは使えない、スマホを敬遠する若者もいる。こうした人たちのコミュニケーションのあり方を、再度とらえ直すきっかけになったという。
日本の通信会社が始めた通信サービスは、林さんのこうした経験とはかけ離れた、ミャンマーに進出する日本企業のためのサービスだった。なぜそうなるのか? 多くのビジネスが、市場成長率やGDPといった机上の数字で考えたものだ。そこには「経験」が欠落している。
そこに行き、先入観無く体験することが求められています。サービスや製品を作る側の手法だけでなく、経験を通じてしか得られない価値について、今日は知ってほしいと思いました。