『データの見えざる手』は、傍流から生まれた
入山(早稲田大学ビジネススクール准教授):
「クリエイティビティとイノベーション」への関心が高まるなか、多くの人々が組織、都市、心理、脳科学の様々な立場で分析を行っています。この連載では、そうした各階層のバラバラな視点から共通項を見出して、全体像を掴みたいと考えています。第一回のゲストは、ポジティブ心理学の世界的権威であるチクセントミハイ博士でした。
矢野(日立製作所 研究開発グループ 技師長):
ああ、彼のことはよく存じていますよ。実は、私は彼と共同研究をしているのです。彼が提唱する「フロー理論」(注1)には私自身大いに刺激を受けました。
佐宗(「D school留学記~デザインとビジネスの交差点」著者):
そうなんですか!そのチクセントミハイ博士との対談では、「フローと体の動き」「体の動きと幸福度」の関係性に触れました。私自身も、体を動かすことで場の活性度をあげることがクリエイティブな成果には必要だとなんとなく実感しているのですが。それは曖昧で主観的なので、なかなか重要性が伝わりにくいと感じていたんです。ところが矢野さんの著書『データの見えざる手』は、それを数値化してみせてくださいましたよね。まさに福音を得たように感じました。
矢野:
そうおっしゃっていただけると嬉しいですね。
佐宗:
まずはどのようなきっかけから「組織、体の動き、幸せ」といったテーマで研究を始められたのか、お伺いできますか。
矢野:
もともとは『幸福論』(ヒルティ)が学生時代からの愛読書で、文系理系などの垣根なく研究したいと思っていました。ただ企業ではそうも言ってられず、半導体などの研究に20年以上関わってきました。その中で部下もでき、組織運営も任されるようになり、改めて「人間」に関心を持つようになりました。
そんな頃、日立が半導体事業から撤退することになりまして。20年たがやしてきた半導体という土地と人々と離れざるをえなくなり、失意のなかで社内に残ったわけです。希望の光となるテーマを探さざるを得なくなった。それが実質的なスタートです。
佐宗:
外部要因が整ったというわけですね。
矢野:
そういえば、美しいんですけど(笑)。ただ、以前からPCに変わって携帯電話がコンピューティングの主役になり、さらに小さくなってセンサー的に使われ、その役割や使われ方は今後大きく変化するだろうと確信していました。そこで、センサーの製販もいいけど、むしろそこから集まったデータのの活用が、大きなビジネスになると思いました。それが2003年頃です。
入山:
十数年前にそのようなイメージを持たれていたとは驚きです。
矢野:
特殊事情が重なって「こうなった」というだけですよ。ただ、その時に喧々諤々と議論したことが、ビックデータやウェアラブルの分野でフォーカスされるようになり、今では会社の決断に感謝しています。
入山:
実はイノベーターのサクセス・ストーリーとして多いんですよ。それまでの実績を捨てざるを得ない状況になり、傍流に行くことで新しい知見が手に入り、花開いたのですね。