2023年の振り返りと2024年の動向予測
セミナーの前半では、M&Aクラウド代表の及川厚博氏がM&A市場について2023年を振り返り、また2024年の展望を語った。
まずは2023年のスタートアップM&A動向の振り返りだ。結論から言うと、事業譲渡と被買収・子会社化・主要株式取得を合わせた件数は2022年に173件、2023年に168件と微減している[1]。「満期を迎えるVCファンドの存在」や「ダウンラウンドIPOの存在」が2023年のM&A件数を押し上げると予想していた中での減少だ。その理由としては「ベンチャーデットが普及し赤字のスタートアップでも融資を受けられたこと」「VCファンドの期限延長」「スタートアップの評価額算定がPSR(株価売上高倍率)からPER(株価収益率)に変わってきたため、赤字のスタートアップ買収がしにくくなったこと」などが挙げられると及川氏は説明する。
そんな中、2023年のM&Aには2つのトレンドが見て取れたそうだ。まずは「老舗大企業によるスタートアップのM&A」。2022年末に発表された三菱UFJ銀行によるカンムの子会社化[2]や、7月に発表された大日本印刷によるハコスコのグループ会社化[3]が挙げられる。また年間で9件のM&Aを実施したSHIFTのような「人を取り込むM&A」も増加しているという。
2023年の振り返りを行ったところで、次は2024年のM&A動向予測だ。
まずはスタートアップM&Aをとりまくマクロ環境。2023年から始まった、取得した発行済株式の取得価額の25%を課税所得から控除できる「オープンイノベーション促進税制」は、2024年度も継続されることが決まっている。政府としても大企業によるスタートアップの買収を後押しする形だ。
また、税制面では「ストックオプション税制」の変更も注視する必要がある。令和6年度税制改正[4]では、「発行会社自身による株式管理スキームの創設」「年間権利行使価額の限度額の、最大で現行の3倍となる3,600万円への引き上げ」「社外高度人材への付与要件の緩和・認定手続の軽減」が掲げられた。これらが実現すれば、スタートアップとしてはストックオプションの発行がしやすくなると考えられる。
また2023年12月には、ディー・エヌ・エーのCVCであるデライト・ベンチャーズが「投資契約方針」を公開[5]したことが業界で話題となった。国内のスタートアップ投資の慣行を翻し、同社とスタートアップが締結する投資契約書では「上場義務を課さない」「創業者個人に金銭リスクをとらせない」「ストックオプション発行を柔軟化する」といったことを謳ったものだ。「当該投資方針は起業家に選ばれるVC/CVCになるための、純粋な競争の中で生まれたものだと理解している。こういった流れの中でM&Aに対するVCのスタンスも変わってくると思う」と及川氏は見解を示した。
[1]INITIAL「【最新版】2023年スタートアップ調達トレンド」
[2]株式会社三菱UFJ銀行 2022年12月27日プレスリリース「株式会社カンムの株式取得について」
[3]大日本印刷株式会社 2023年7月31日プレスリリース「XR・ブレインテック事業を展開するハコスコをグループ会社化」
[4]総務省「令和6年度税制改正の大綱」
[5]株式会社デライト・ベンチャーズ「デライト・ベンチャーズの投資契約方針について」